「む?」

 俺は学校帰りに自宅近くをぶらついていた。その俺の視界の中に見覚えがあるようで無いような、微妙な感覚を醸し出すものが映った。……ような気がしたのだが、ふむ。
 俺は周囲を見回した。
 視界に移るのは道行く人々。女子学生、主婦、サラリーマン風のおっさん、女子学生、男子学生、おばあさん、子供、何やらビラビラで色鮮やかな衣装を身にまとい宣伝活動にいそしむ少女二人組み、ゴミ拾いをしているおじいさん、犬、……いや、犬はわざわざカウントする必要は無い。
 というか重要なところをナチュラルにスルーしてしまった。俺は改めて、派手な格好の少女二人組みに視線を向けた。より正確にはその内の一人を凝視した。

「……式見、か?」

 その少女を見て真っ先に思い浮かんだのは、ここの所、入退院を繰り返している幸薄いクラスメイトの顔だった。
 というか、これだけ入院沙汰になっていても、結構元気そうである式見を見るに華奢な体格に似合わず結構しぶといのかもしれない。ゲームや小説的に表現するなら、“主人公補正”でもかかっているのかもしれないな。主人公――厄介事を引き寄せる才能に秀でており、事あるごとに大怪我をしたりするが、決して死なない。ある意味、最も不幸な存在だ。どうせなら最初の事件でポックリ逝ってしまった方が幸せな気もしなくも無い。
 話が逸れた。とにかく、俺にはその少女が式見に似ているように感じられた。無論、式見は男なのだからあの少女が式見本人である訳は無い。親戚かなにか、というのが妥当な結論だろうか? いや、世の中、赤の他人でも似ている人間は似ているから結論を出すにはまだ早計か……。
 少女は未だに俺の存在に気づいていないようだ。

(さて、……どうするか?)

 ここの所、それとなく式見を観察していて幾つか疑問を持ってはいたが、観察以上の行動には移っていない。まぁ、観察だけでもそこそこ楽しくはある。突然虚空を凝視したり、独り言……いや、あれは“見えない誰かと話している”という表現の方がしっくり来るか、まぁ、そんな行動を見ているのも中々面白い。とはいえ、そろそろ次の段階に移行しても良い頃合かもな。
 俺はそう結論付けると少女に向かって歩を進めた。
 俺が数歩歩き出した段階で、少女はこちらに視線を向けてきた。そして、俺の顔を見た瞬間、電池の切れた玩具のロボの如くその動きを停止した。かと思えば、驚愕の表情をその顔に浮かべ、更に次の瞬間には警戒の色が浮かび上がった。


 ………………? 流石の俺でもその動作から、彼女の精神状態を推し測るのは無理だ。というか相手がこんな反応をするような事をした覚えはないのだが……、そもそも初対面であるはずだからな。
 礼儀などを無視して率直に意見具申するならば、少女の挙動の方が俺なぞよりも警戒に値すると思われる。当初は声をかけるつもりだったが、これは少し考えを改める必要があるかもしれない。
 しかし、そんな事を考えながら歩いていたため、既に少女と会話可能な位置まで接近していた。流石にここまで来て引き返すわけにもいかないと、俺は諦めにも似た結論と共に足を止めた。
 そして、間を計るように一拍置くと口を開いた。

「すまないが、少し尋ねたい事がある。良いだろうか?」
「え、あ、と……?」

 何やら困惑の表情。……んー? どうも相手の反応が初対面のそれではない気がするのだが……、俺の記憶に存在する少女の情報は「式見に似ている」という一点だけだ。
 と、少女の仕事仲間らしい、もう一人の少女が、式見似の少女の前に出てきた。

「失礼ですが、どちら様でしょう?」

 式見嬢(仮称)の反応から何かを読み取ったのか、少女の視線には警戒が見られる。
 甚だ不本意な展開である。警戒されている原因が不明なため、なんとも気持ち悪い。とは言え、この程度の状況を楽しめる程度には、図太い神経を保持していると自負する俺は心の平静を保ったまま口を開いた。

「そちらのお嬢さんが俺の知り合いに良く似ている気がしてね。気になって声をかけた人間だ」

 式見嬢(仮称)にちらりと視線をやりながら言葉を紡ぐ。

「……ナンパですか?」

 ……ふむ、確かにそんな解釈が出来るセリフではあったな。

「まぁ、俺の行動をどう解釈するかは人それぞれだな。とりあえず、君らは『式見蛍』という人物を知っているか?」
「え、式見君ですか?」
「う」

 目の前の少女は式見の名を聞いた瞬間、式見嬢(仮称)に視線をやり、その式見嬢(仮称)は体をビクリと震わせた。
 ……さて、彼女らのこの反応にはどのような意味があるのだろう。分かるのは式見の事を知っているのは確かだという事か。まぁ、式見の事を知っているのなら次の行動は決まっている。

「俺はさっき言った『式見蛍』のクラスメイトで、名を――――」




「――――と言う」

 僕は堂々と名乗っているクラスメイトを見ながら、とりあえずは安堵した。まだ僕がその『式見蛍』本人である事には気づかれていないみたいだ。……いまだに危機的状況である事には変わりないけど……。
 と、とにかく、ばれないようにしないと。

「あ、私は篠倉綾って言います」

 って、自己紹介してるしっ! この流れじゃ僕も自己紹介しなきゃいけないじゃないかっ!
 あーぅー、この流れで自己紹介しなかったら逆に怪しまれそうだしなぁ……。

「わ、私は式見け、『ケイコ』です」
「式見、ケイコ?」

 うわっ、めっちゃ疑ってる。我ながら突然だったとは言え『ケイコ』は無いだろ!? あぁぁぁ! 僕の馬鹿ぁっ!! しかも普通に苗字名乗っちゃったし!
 ちらりと見えたアヤの表情は満面の笑み。絶対面白がってる! 最悪だぁーー! 死にてぇーーーー!!
 クラスメイトは少し考え込むように視線を下ろすと、「式見姓で“ケイコ”? ……まさか、いやしかし……」などと呟いていた。……ヤバァイ!!

「あ、あの、私はその……式見蛍の妹で」

 僕、何か言っちゃってるよぉー!?

「……妹? んー……………」
「あ、あの?」
「ん、あぁ、すまない。少し思考停止していた」

 僕、そんなに脳にダメージ行くような事を言っちゃいましたかっ!?

「兄がケイで妹がケイコか……。なんか安ちょ―――、いや、すまない」
「……いえ」

 自分でも安直だと思ってるから、でも仕方ないじゃん。咄嗟にそれっぽい偽名なんて思いつかないよっ!

「それで、聞きたい事があるんだが良いか?」
「え、あ、はい」
「ふむ、君の兄についてなのだが……」
「な、なんでしょう?」

 嫌な予感がするなぁ〜。

「最近、様子が可笑しかったりしないか?」

 ……はい?

「え、えっと、それってどういう意味で……?」
「ん、具体的に言うなら、“突然虚空を凝視したり、独り言をはじめたり”といった、そんな行動をしてないかな?」

 ……心当たり有りまくりです。隊長っ! ていうか、かなりヤバイんじゃない? これって。
 とにかく誤魔化さないと。

「私が見た限りだと普通ですけど」
「……ふむ、そうか?」
「は、はい」

 うわぁ〜、滅茶苦茶、首傾げてるぅー。
 クラスメイトは数瞬思案にふけると、唐突にこちらに声をかけてきた。

「ん、それなら良いんだ。邪魔したな」

 颯爽とクラスメイトは去っていった。……え? 何、この展開。何やら勝手に自己完結して去って行った気が……。
 とりあえず、危機は去った……? はずなんだけどなぁ、なんだろこの「なんにも解決してませんよ」感は……。
 僕がそんな不安に駆られていると、横からアヤが声をかけてきた。

「あははー、なんだか面白い人だったねぇ」

 いや、僕的には全然面白くないんだけれども……。




「それでは、これより《連続美女顔剥ぎ殺人事件》対策会議を執り行うっ!」

 友人は、高らかに叫んだ。
 現状を端的に言うと、放課後、俺は友人に拉致られた。現在は友人宅に腰をすえている状況だ。意味が分からん。

「あー、まぁ、色々言いたい事はあるが、俺を拉致した事は、まぁ大目に見るとして、その“対策会議”とやらは何だ? 俺の記憶が確かなら犯人は捕まってるはずだぞ?」
「保身に走った時だけ100%の力を発揮する官憲なぞ信用できるかっ!」

 友人のお上を恐れぬ大胆発言である。時代が時代なら犯罪だな。

「……要するに、あれは誤認逮捕だと主張しているわけか? お前は」
「そうは言ってないが、とにかく官憲は信用できない!」
「あー、うん」

 話にならん。

「もし、犯人が捕まっていなかったらと思うと、もう俺は夜も眠れないんだよ!」
「いや、お前はどう見ても“美女”じゃ無かろう?」
「俺じゃないっ! もし、犯人が知巳を目にしたら、それはもう、“即、顔剥ぎ!”だろ!? それはもう美人だからな!」
「あぁ、妹か」

 それなら、友人のこのテンションも納得できる部分がある。……変態め。

 …………。

「……帰って良いか?」
「さあ! 徹底的に対策を練るぞっ!」
「……はぁ」

 俺は自分で溜息を吐くより、相手に溜息を吐かせる人間なんだがなぁ。

「……で、具体的には何をする気だ?」

 俺はさっさと話を進める事にした。

「うむ、どうしたら良いと思う?」

 思いっきり、他力本願だった。
 が、時間の無駄なので、そこには突っ込まない。俺は早く帰りたいのである。

「……そうだな、妹が一人で出歩かないように注意を払う。この辺りが現実的だろうな」
「……犯人、捕まえ―――」
「非現実的だ」
「む、そんな、即答で否定せんでも」
「……非現実的だ」
「いや、だからって、言葉の前に“沈黙”を入れれば良いって訳じゃ」
「……非現実的だ」
「え、いや、だから―――」
「……非現実的だ」
「そんな、RPGの村人みたいに同じ台詞を繰り返さなくても―――」
「……非現実的だ。馬鹿野郎」
「う、酷くなった」
「……非現実的だ。馬鹿野郎。一人でやって殺されてろ」
「うん。もう分かった。さっきの発言は撤回します」
「うむ」

 その後、結局、俺の最初の意見で話はまとまった(俺が友人の発言を全否定しただけ、とも言う)。そして、なんだか、それを待っていたかのようなタイミングで妹が帰ってきた。

「ただいまー、あれ、先輩来てたんですか? めずらしいですね」
「うむ」

 俺が友人宅を訪れる事はあまりない。というか、自分の意思で訪れた事は未だに一度もないし、これからもないだろう。

「おぉ! これからは俺が四六時中、お前に張り付いて守ってやるぞ!」
「はい? なんで、そんな話になるの、お兄ちゃん」
「アイツがそうしろって言ったんだ!」

 あろう事か俺を指差す友人。俺は断じてそんな事は言っていない。
 友人と妹、二人の視線を感じながら俺は反論した。

「言ってない。俺は、妹が一人で出歩かないように注意を払うのが現実的だ。と言ったんだ」
「……同じじゃないか」
「違う」
「えぇと、話が見えないんですが?」

 妹が困惑の声を上げる。……気持ちは分かる。
 分かるので、俺は妹に事の詳細を報告した。

「はぁ、なるほど。なんと言うか、兄がご迷惑を……」
「なぜ、知巳が謝る!?」
「あぁ、確かに迷惑なんだが、妹が謝る事じゃないな」
「いや、そこは“迷惑じゃない”って言うところだろ!?」
「偽証は犯罪だ」
「えっ、そういうレベルの話なの!?」

 俺は当然のように肯いた。すると、友人は猛然と食ってかかった。非常に迷惑だ。

「くそ、家族思いな俺の心を踏み躙りやがって」
「家族思い?」
「なぜそこに疑問をはさむ!? ……くそ、お前は根本的に俺を勘違いしているようだな!!」
「……そうなのか?」
「言ってやってくれ知巳! 俺がどのくらい家族を思っているのかを!!」
「え、あ、うん」

 妹、戸惑いがちに肯く。
 ……ここからは妹の証言である。


 【友人の“家族思い”に関する妹の証言】
「兄は私の写真をいつも財布に入れて持ち歩いてるんです」
「…………」

 ……それは知らなんだ。そして友人よ。胸を張るな。

「……変態でしょ?」
 【証言終了】


 ……証言?
 いや、それはともかく妹よ。それには同意する所だが、本人を前にして随分とストレートな物言いだな。

「あ、間違った。えっと、『トッテモ、カゾクオモイデショ?』」
「おいおい、そこは重要なんだから間違えるなよ?」
「ごめんね。お兄ちゃん」
「……」

 この兄妹……。微妙に兄と妹で気持ちがすれ違っている気がするのは気のせいだろうか?
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