DQ3 NOVEL - Chapter No.0
【著:向野瀬 怜】
「当主、光輝(こうき)参りました」
部屋の外から若い男性の声が聞こえる。それに、室内の当主と呼ばれた齢(よわい)40ほどの男性が答える。
「来たか、入れ」
「・・・失礼します」
その返事を受け扉――この国では障子と呼ばれている引き戸が開かれ、一人の人物が入ってくる。
光輝と名乗っていたその人物は見た目20前の少年であった。
光輝はその部屋に当主以外にも女性が一人いる事に気付き慌てる。
「これは、卑弥呼様。おいででしたか」
「ええ、久しぶりですね。光輝」
「はい」
卑弥呼と呼ばれた女性は25歳前後とまだ若く見えるが、どこか威厳のある態度で光輝に声を掛ける。これに光輝は短く返事を返した。
「それで当主、どのようなご用件で私をお呼びに?」
「うむ、その事だが、先日、大蛇(おろち)の討伐隊が編成され大蛇を倒しに行った事はお前も知っているだろう」
「はい、確か我が一族からも十余名ほど部隊に編成されていたと記憶しておりますが・・・・・・」
魔王バラモスの出現の影響かは分からないが八岐大蛇(やまたのおろち)と言う魔物が山に住み着き人々に危害を加え始めたために討伐隊を送り込んだのだ。
「その討伐隊が何か?」
「それがな・・・・・・」
「全滅しました」
「な――っ!?」
言い難そうにする当主を引継ぎ卑弥呼が口にした言葉は光輝を驚愕させるに十分だった。
「まさか、あの精鋭ばかりで編成された部隊が全滅ですかっ!!」
叫ぶように言って、目の前にいるのが自分の一族の当主と国のトップ、女王の卑弥呼である事を思い出し慌てて言い直す。
「それは確かなのですか?」
「残念ながら確認済みだ」
「・・・そんな」
少なくとも彼の一族から出された人員は実力の高い者を上から順番に出した様なものなのだ。それが全滅。
その事実は光輝に大きな衝撃を与えた。
呆然としている光輝を見て、当主は咳払いをする。それで光輝が我に返ったのを確認すると口を開く。
「その事を踏まえてお前に頼みがある」
「・・・・・・?
何でしょう?」
光輝が怪訝な表情で訊ねる。少なくとも目の前の二人は光輝に命令できる立場にいる人間である。それが頼みである。光輝が疑問に思っても仕方が無いだろう。
「そう頼みです。討伐隊が全滅した事で残念ながら我が国には大蛇を討ち取るだけの戦力は無い事が分かりました。
最早、残った戦力は全て守備に使わざるを得ない状況です」
卑弥呼の言葉で光輝ははっとする。少し考えれば分かる事だが、討伐隊全滅の知らせを聞いたばかりでそこまで考える事が出来なかった。
そして、全戦力を守備に使うと言う事は大蛇の脅威がいつまでも去らないと言う事だ。
そこまで考えが至って光輝は愕然とする。それが表情に出ていたのだろう当主が重々しく頷く。
「このままでは、この国は滅びへの道を進む事になる。そこで外に協力を求める事にした」
「外・・・・・・」
外と言うのがこの場合、外国を指すと言う事は容易に想像がつく。しかし魔王出現以降、世界中が魔物の脅威に晒されている現在、他国がジパングの為に兵を出す余裕があるとも思えない。・・・・・・となると―――
「・・・・・・勇者、ですか」
魔王を倒す存在である勇者。確かに勇者であれば大蛇を倒す事も出来るかもしれない。しかし、どこにその勇者がいるのかが分からない。それどころか本当に存在するのかどうかも分からない。
光輝はこの時点で‘頼み’が何であるのかが何となく分かった。
「そう、勇者であればこの国を救ってくれるだろう。そこでお前に頼みたいのは―――」
「勇者を探し出して、このジパングに連れて来る、・・・・・・ですね?」
「―――お前はいつも話が早くて助かる」
話が始まって初めて当主の顔に笑みが浮かぶ。が、それも一瞬の事で直ぐに真面目な表情に戻る。
そして、卑弥呼と当主の二人は光輝に対して頼まれてくれないかと訊ねる。
光輝に断る理由は特に無かった。更に言うなら二人とも自分より上に位置する人間である、その二人の頼みを断れるはずも無い。
「・・・・・・お引き受けします。
ただ、いくつかお聞きしたい事が・・・」
「うむ、何でも聞くと良い」
「何故、私なのです?」
光輝が一番疑問に思っていた事である。国の存亡の掛かった任に年齢も18を数えたばかりの未熟者が当たるのは不自然に感じた。
「端的に言うと、賢くて、それなりの戦闘力を持っている人物がお前しかいなかったからだ」
「お言葉ですが、私は賢くないし強くも無いですよ」
その言葉に卑弥呼と当主、両名が苦笑を浮かべる。
「確かに戦闘能力の面では若干不安がある。が、お前は自分の修めている流派に関する知識については基本技法から奥義、歴史まで知り尽くしているだろう?」
「えっ?」
「お前が一族が保管している書物を読み尽くしている事は私も知っている。・・・・・・最もお前は気付かれていないと思っていたようだがな」
「・・・・・・」
「そして、お前は幼少の頃から流派の達人たちの動きを見てきたのだから、師のいない状態でも、お前一人で流派を極める事も可能だろうと私は思っている」
光輝の生まれた一族は代々、一つの剣術流派を伝えてきた。一族に生まれた殆どの人間が子供の頃から剣を振る。光輝も例外ではなかった。
しかし光輝は実際に剣を振るよりもその知識を吸収する事に面白みを見出した。その為、光輝は実際に動くよりも熟達者の動きを見たり、書物を読む事の方が多かったのだ。
「付け加えて―――」
卑弥呼が口を開くのに反応して、光輝の視線が当主から卑弥呼に移る。
「あなたは外国の言葉を解すのでしょう?
旅をする上では恐らく最も重要な事だと思いますよ?」
「なっ、一体どこからそんな事聞いたんですか?」
卑弥呼の言った事は極一部の人間にしか言っていないはずだった。
「お前の弟が言いふらしておったぞ?
知らんかったのか?」
「・・・・・・・・・」
光輝は、とりあえず帰ったら報復する事を心に決めた。剣の腕では弟の方が上だが色々と画策するのが光輝は結構得意だ。
「
どんな地獄を見せてくれよう・・・
」
光輝が小声で呟いた言葉であるが、同室にいる二人にもしっかり聞こえた。二人はそっと光輝の弟、雄輝(ゆうき)の冥福を祈った。
そして、何も聞いていないかのように当主が口を開く。
「これで納得したか?」
「ええ、まぁ」
「では、何人か連れて行っても良いがどうする」
それに光輝は少し考える。確かに一人だと辛い場面もあるかもしれない。しかし―――
「一人で結構です」
「・・・そうか?」
「当主にとっても、これ以上戦力が減るのはお辛いでしょう?」
光輝としても、折角勇者を連れてきても、すでに故郷が無くなっていたのでは、余りに悲しいので守りはしっかり固めておいて欲しい所なのだ。
それに存在するかどうかも分からない勇者を探す為に人手を割くべきではないと光輝は考えたのだ。
「では、準備が出来たら明日にも出発してくれるか。船はこちらで用意しておく」
「光輝、頼みますよ」
「はい」
そして、光輝は部屋を出て行った。この時の光輝は雄輝への報復の事で頭が一杯でもう一つ聞こうと思っていた事をすっかり忘れていた。
すなわち、何故、命令ではなく頼みなのかである。光輝がこの事を聞きそびれたのに気付くのは旅立った後の事である。
―――その夜、ある部屋の畳の上に一人の男が横たわっていた。年は15か16といった所か、何故か縄で縛り付けられていて、その上やたらとぐったりとしている所がそこはかとなく哀れみを誘う。
彼の名は雄輝、光輝の弟である。光輝の報復からすでに数時間、未だに意識の戻らない雄輝。一体どのような報復劇が展開されたのかはこの兄弟しか知らない。
ただ、一つ言えるのは雄輝の横たっているのと同じ部屋で鼻歌まじりに旅の準備をしている機嫌の良い光輝の姿が何故か恐ろしく見えた事だろうか・・・・・・
翌日の朝、兄弟は無言で朝食を取っていた。光輝は元々食事中に口を開くタイプではなかったが、いつもなら何かしら喋っている弟の雄輝が不機嫌そうに黙々と食事を取っているのは珍しい。
昨日、光輝に縛られてから、夜明けまで放置されたのも原因であろうが、今日初めての兄のセリフが「今日、外国に旅に出る」であった事が不機嫌さに拍車をかけた。
事情はすでに説明されていて理解はしているが納得は出来ていない。特に出発直前の今朝になって初めて唯一の肉親である雄輝に伝えたことが納得いかないのだ。どんなに遅くても昨夜には話しておくべき事だ。
光輝が事情説明よりも報復を優先した結果だった。
「・・・・・・兄上」
食事が終わったのを見計らって雄輝が口を開く。
「いつ、国を発つのですか?」
「今日だと言ったと思うが?」
「そうではなく!」
「・・・分かっている。昼前には発つ」
他にも色々と言いたい事はあったが、今更文句を言っても兄の旅立ちは変わらないので抑え込む。
「・・・・・・私も着いて行きます」
「駄目だ」
すでに一人で発つ事を決めていた光輝は即座に拒否する。
「何故です!! いくら兄上でも一人では―――」
「これは俺の仕事だ。お前にはこの国を守るという仕事があるだろう」
光輝が淡々と言葉を紡ぐ。
「それに、お前は外の国の言葉が分からないだろう?
俺は言葉には不自由しないからな。協力者くらいは見つけられるだろうから必ずしも一人とは限らないよ」
「っ―――しかしっ!!」
「と、そろそろ私は行くぞ」
雄輝の言葉を断ち切るようにして光輝が立ち上がり、隣の部屋に用意して置いた荷物を手に取る。
これに雄輝が慌てて追いすがる。
「お待ち下さい! 兄上! 一族の皆に挨拶も無しに行ってしまうのですか!?」
「必要な人間には昨日お前が気を失っているうちに済ましてある」
光輝を引き止める為の言葉も即座に切り捨てられる。それでも更に詰め寄ろうと口を開くが、それよりも早く光輝が言葉を続ける。
「もう決めたことだ。お前が何と言おうと変わらない」
光輝の言葉には反論を許さない迫力があった。雄輝もそれを感じて、これ以上自分が何を言っても仕方が無いと感じた。
「勝手にして下さい!!」
そう叫ぶように言うと雄輝は走り去った。その姿を光輝はしばらく見つめる。
と、気配を感じてそちらを振り向く、そこには昨日光輝に勇者捜索を頼んだ当主と呼ばれていた男がいた。
「良いのか?」
「あいつを説得しようと思ったら今日の出発は延期ですよ?」
光輝は苦笑しながら「あいつは頑固ですから」と続ける。
「・・・一人くらいなら連れて行っても良いんだぞ?」
「当主、私の仕事はいるかどうかも分からない勇者と言う存在を探し出す事です。
最悪全くの無駄になる事も考えられます。そんな仕事に使う人間は一人で十分です」
この光輝の言葉にお前も十分に頑固だと当主は思ったが口にはしなかった。代わりに別の言葉を光輝にかける。
「船の準備は出来ている。そっちの準備が出来ているのならいつでも発てるぞ」
「そうですか、では準備は出来ていますので直ぐにでも発ちます」
それに当主はそうかと小さく呟くと、ふと光輝に訊ねる。
「当てはあるのか?」
「そうですね。・・・・・・とりあえずアリアハンを目指そうかと考えています」
「アリアハン」
「ええ、あそこには私の探す勇者かどうかは別にして会っておきたい男がいますので、彼も英雄と呼ばれているようですから会うだけでも有益でしょう」
「なるほどな。
ところで出発前に私の部屋に来てくれないか、渡して置きたい物がある」
話を変えるように切り出した当主の言葉に一瞬怪訝な表情を光輝はしたが直ぐに返事をする。
「分かりました。では今から伺います」
「そうか、では着いてきてくれ」
そう言うと光輝に背を向けて歩き出す。光輝は黙ってそれに着いて行く。
しばらく歩くと一つの部屋へと入って行く。光輝の続いて部屋に入る。
二人が向かい合って座ると、あらかじめ用意してあったのだろう当主の傍らに置いてあった袋を当主が光輝に差し出す。
「旅の資金だ。足りなくなった場合はすまないが自分で何とかしてくれ」
「ありがたく頂きます」
光輝がそれを受け取ったのを確認すると当主は続いて一振りの刀を取り出す。
「そして、もう一つがこの刀だ」
「しかし、私にはもう・・・」
「分かっている。しかし、人を連れて行かないんだ。これくらいは持って行け」
光輝は反射的に自分の愛刀に目をやって断ろうとしたが、当主の言う事も分かるし、くれるという物を断る必要も無いかと思い直しその刀を受け取った。
「抜いても良いですか?」
「ああ。そいつの銘は‘光明’ つい一週間前に打ち上がったばかりの物だが良い出来だろう?」
「ええ、とても良い」
光明を鞘から抜いてその出来を確かめている光輝を見ながら当主が説明する。
因みに光輝の愛刀の銘は‘明烏’である。
「まぁ、私からしてやれるのはここまでだ」
「いえ十分です。ありがとうございます」
光明を鞘に納め、苦笑しながら言う当主に光輝は頭を下げる。
そして徐に立ち上がる。
「私はそろそろ」
「もう行くか?」
「はい」
「そうか、よろしく頼む」
「私の出来る限りの事はやって来ます」
光輝はそう言うと部屋を出た。
「船の揺れというのはいまいち慣れないな・・・・・・」
あれから数十分後、光輝は既に船上の人となっていた。しかし、その顔色は―――悪い。
基本的に何でもそつ無くこなし好き嫌いも殆ど無い光輝だが、それでも人間嫌いな物の一つや二つある。
その嫌いな物の筆頭が船だった。酔うのである。雄輝の同行を拒んだのも実はこの状態の自分を見られたくなかっただけではないかと疑いたくなるような酔いっぷりである。
「くっ、今の揺れはきつい・・・」
補足すると、光輝は酔うと独り言が多くなる。
こんな半病人状態の光輝を乗せた船が向かう先はダーマである。
「勇者を見つける前に死ぬかも知れん・・・・・・」
死因が“船酔い”と言うのは、いささか情けない。
「ようやく着いたか」
船を降りた場所から歩いて数時間ほどの場所にダーマ神殿はあった。
船自体は光輝を降ろした後、ジパングへと戻って行った。
「やはり人間、自分の足で歩かねばな」
船旅から開放されてから一時間も歩いているので光輝の体調は既に普段通りだ。
本来なら情報収集くらいはして置きたい所だが、日も沈んでいるような時間帯だ、まず宿の手配を済ませてしまう事にする。
そして、明日は真っ先に服を買わねばならないと光輝は考えた。と言うのも光輝の今の服装はかなり目立っているようで、周囲の人々の視線を一身に受けていて居心地が悪いのだ。
宿の手配を済ませた後食事をするために食堂へと入って行く。当然の事ながら外の国の料理など何も知らないので適当に注文する。食べ物については好き嫌いは無いので深く考える必要が無くて良い。
程なくして注文した品が届けられた。初めて食べる料理は美味しいと言うよりも興味深いと言う感情が上回った。
「―――――っ!!」
「――――――――――――! ――――っ!!」
そこに、誰かが言い争うような声が聞こえて来た。早口での言い争いである上に周囲の喧騒のおかげで話の内容までは理解できない。
光輝は言葉が分かるとは言っても、国を出たのは今回が初めてだ。さすがに人が言い争っている言葉を理解できるレベルには達していない。
勉強不足だな、などと思いながら光輝はその言い争いが聞こえてくる方に視線を向ける。そこでは二人の人物が相変わらず光輝には内容の分からない言い争いを続けていた。
一人は盗賊風の大男、もう一人は魔法使い風の少女である。見た目だけで判断するなら明らかに男の方が悪役である。光輝の視線が少女のところで止まる。
(あの服装は・・・・・・魔法使いか? 確か妖術使いのような存在だったはず・・・
その割には体術もかなりのレベルで修めているように見えるな・・・、良く分からんな。男の方は分かり易いんだが・・・)
光輝は少女の立ち居振る舞いからそんな事を考えた。実の所、光輝のこの考えはそんなに的外れではない。この少女、元は武闘家であり魔法使いには先日転職したばかりなのである。まだ魔法は殆ど使えないので、格好だけは魔法使いで中身は武闘家みたいなものである。
光輝が更に考えをめぐらせようとした時、男が少女に手を上げようとしている姿が視界に入った。先ほどまでの言い争いならまだしも暴力沙汰になれば明らかに少女の分が悪い。
そして、男が拳を少女に振り下ろそうとした瞬間、突然男が手の甲を押さえて蹲った。いきなりの事に少女は唖然としている。
「―――――!! ――――!!(訳:ぐぇぉおっ!! いてぇぇ!!)」
男の手の甲に何かが刺さったのだ。男はその刺さった何かを引き抜くと床に叩きつける。
軽い金属音が響く、床に叩きつけられた何かは全長20cm余りの針のような物だった。
男は物凄い形相で周囲を睨み付けると叫んだ。
「誰が――――――っ!!(訳:誰がやったぁぁあっ!!)」
(む?)
これは光輝にも出だしだけだが理解できた。そして出だしが分かれば後は想像が付くので名乗りを上げる。あれをやったのは光輝である。
「あぁ、私だ。私」
喋り慣れていないので周囲から見ると実にのんびりした話し方である。が、その光輝のセリフに光輝の近くにいた人間がさっと距離を取る。
とばっちりを喰らいたくないのだ。
「―――! ―――――――っ!!(訳:てめぇ! 何しやがるんだっ!!)
――――――――――っ!!(訳:このみょうちくりんな服着た変態野朗っ!!)」
(む〜、分からん)
意味の分からない怒鳴り声は耳が痛くなるだけである。光輝は意味は分からなかったが元々意味のあることを言っているようにも見えないので、自分の言いたい事を言う事にする。
「女性に手を上げる所を見過ごすわけにも行かなくてな」
男は光輝ののんびりした話し方にイライラしたのか更に怒りをあらわにして怒鳴る。
「―――――――!! ―――、―――――!!(訳:そんな事はどうでも良い!! てめえ、表に出やがれ!!)」
そう言って男が店の出口へと向かう。その様子を見て光輝は男が何と言ったのかを何となく理解した。
(あぁ、表に出やがれってやつか)
「すまないが少し待ってくれないか」
「何ぃぃ!」
(あ、今のは分かったぞ)
男がすごい形相で光輝を睨み付ける。それに対し光輝は特にそれを気にする様子も見せずに言葉を続ける。
「食事がまだ終わっていないんだ。すまないが食べ終わるまで待ってくれ」
「―――――!! ――――――――!!(訳:ふざけるな!! さっさと表出やがれ!!)」
男は光輝に意味が通じていない事も知らずに怒鳴ると、光輝の襟首を引っ掴んで店の外に引きずって行く。
「じゃあ、せめて食事の代金くらいは支払わせてくれ。私は食い逃げなぞしたくない」
「黙れ!!」
「しかし―――」
男は光輝が言い終える前に光輝を店の外に放り出す。光輝は転倒しないようにバランスを取り男を振り返る。
光輝の視線の先にいる男は既にナイフを取り出して構えている。
「――――――!!(訳:得物を出せぇ!!)」
こうなっては仕方がないと光輝は愛刀「明烏」の柄に右手を添えて構える。明烏は名刀と言うほどの刀ではないが光輝の親友である鍛冶師が打った刀である為、光輝は好んで使っている。
その構えを見て男が怪訝な顔をする。それと同時に周囲の野次馬の間にも動揺が走る。
光輝が今している構えは抜刀術だとか居合術だとか言われるもので、刀――剣を鞘に収めたまま構え敵を攻撃する技術でジパング独自の物である。
ここにいる人間の殆ど――もしかしたら光輝以外の全員が知らない物だ。ここにいる人間の殆どは剣は抜いて構えるのが当たり前だと思っているのだから動揺するのも当然である。
男は一瞬怪訝な顔をしたものの直ぐに気を取り直し、一気に間合いを詰めてくる。そのスピードはかなりの物で周囲の野次馬連中からも感嘆の声が漏れる。
しかし光輝はそれには何の反応も示さず男を迎え撃つ。そして男が自分の間合いに入った瞬間、刀を引き抜く。刀は目にも留まらぬ速度で男のナイフを弾き飛ばし、光輝はその勢いのまま体を一回転させ明烏の柄を男の腹に叩き込む。
回転力の上乗せされた柄突きは男を5メートルほども吹き飛ばした。男はそのまま仰向けに倒れる。少し遅れて男のナイフが地面に落ちる。
男が気を失っている事を確認して光輝は明烏を鞘に納めた。
周囲は静寂に包まれた。一瞬の出来事に殆どの者が何が起きたのか理解できなかったのだから当然だろう。
「まぁ、こんなものか」
素手でも問題無かったか、などと思いながら呟き、光輝は店へ戻ると食事の代金を支払う。さすがにもうゆっくりと食事をする雰囲気ではない。
そして店を出る前に男が床に叩きつけた針を回収する。その際、男と争っていた魔法使いの少女がいないかそれとなく見回すが、少女の姿は見えなかった。
まぁ、こんな騒ぎになっている所にいつまでも留まっているわけが無いかと思い光輝は店を後にする。
そして自分が手配している宿のある通りに出た。ここまで来ればもう肉眼で確認できる位置にその宿屋はある。
光輝はその宿屋がある辺りに人影を認めた。日が暮れていて辺りは暗くなっており顔までは確認できないがどうやら女性のようだ。
その女性は光輝が近づいてくるのに気が付くと壁に付けていた背中を離して光輝の方を向く。すると窓から洩れる灯りで女性の顔が照らし出される。
その女性の顔を見て光輝は歩みを一瞬止め、また歩き出す。その女性は先ほど男と言い争っていた少女だった。
少女の手前で光輝は歩みを止めた。すると少女は徐に口を開いた。
「私はクレスと言います。先ほどは助けて頂いてありがとうございます」
その言葉と共に頭を下げる。
態々礼を言う為にここで待っていたようだ。光輝はそれに対して少し慌てた感じで口を開く。
「いや、礼を言われるような事はしていない。私が不快だったから手を出しただけだ」
「でも助けられたのには変わりありませんから」
どうもこのまま話していても平行線を辿るだけのような気がして光輝は小さく頷く。礼の言葉くらいは素直に受け取っておこうと思ったのだ。
その様子を見てクレスは満足げに微笑む。その表情に一瞬光輝の目が奪われるが直ぐに視線を逸らし口を開く。
「ところで何故ここで私を待っていたのだ?
まさか偶然という事は無いだろう?」
光輝が手配した宿屋の付近でクレスは待っていたのだ。しかも光輝がここに現れた時に特に驚いた様子を見せなかった。それはここで待っていれば光輝が現れる事を知っていたという事だろう。偶然というのは考え難い。
「あなたの服装って私は見た事がありませんから。ちょっと聞きまわったらそこに宿を取っている事は直ぐに分かりましたよ」
要は服装が珍しくて、とても目立っていたと言う事だろう。改めて光輝は早く目立たない格好にならなければと思った。
「それに私が泊まってる所もあなたと同じですから。簡単に分かっちゃいましたよ」
手始めに自分が泊まっている宿から聞き込みを開始したクレスだったが一発目からドンピシャだったのには流石に驚いた。
光輝も多少驚いたが表情には出さない。そもそもこの辺りは宿屋の数もそれほど多くないので二人が同じ宿を取る可能性はそれほど低くはないのである。
とりあえず、光輝はもう一つ疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。
「所でさっきは何故あんな騒ぎが起こったんだ?」
さっきは言葉を理解できなかったので事情も分からずに事態に割って入ってしまったのである。光輝は男を叩きのめした後、ちょっとまずいかなと思っていた。
そんな事を思っている時に当事者の一人が目の前に現れたのである。これは聞くしかない。
しかし尋ねられた方のクレスは視線をそらす。
「あの場にいたのなら知っているんじゃないですか?」
確かにあれだけ派手に言い争っていれば周りの人間にも状況が伝わるだろう。しかし、光輝はその時の言葉を理解していなかったので伝わるものも伝わらなかった。
「いや、実はこの前国を出たばかりでな。こっちの言葉に慣れていないものだから。あんな早口の言葉は聞き取れない」
これにクレスは不思議そうな顔をする。今彼女たちが話しているのは世界の共通語と言っても良いような言語である。それに慣れていないと言うのはかなり珍しい。
「失礼かもしれませんけど、どこの人です?」
「ジパングだ」
クレスはつい「ジパング?」と聞き返していた。別にその国を知らない訳ではない。距離的にはダーマからそれほど離れてはいないのだから。
しかし、クレスがジパングの人間を見たのはこれが初めてだ。あの国はどうも外との交流を避けたがる傾向があるし、今も半鎖国状態なのだから仕方が無い。
しかし、それならば言葉に慣れていないと言うのも頷けるかもしれない。
「ふーむ、なるほど。所で助けてもらったお礼をしたいんですけど何かして欲しい事ってありませんか?」
唐突に話が変わった。しかも先の光輝の質問にも答えていない。光輝は一瞬、話を逸らされたかと思ったが、クレスの様子を見る限り意図的なものは無いように思えた。光輝は人を見る目には多少自信がある。
と言う事は質問に答えていないのも、話が突然変わったのも―――
(―――天然か・・・)
もしかしたら、この辺が先ほどの騒ぎの原因かもしれない。そんな風に光輝は考えた。
―――実はその通りだと言う事を光輝が知る事はこれから先も無い。
「あの〜、何かありませんか〜?」
反応の無くなった光輝を不思議そうに覗き込みながらクレスが声をかける。これで光輝は我に返り、先ほどまでの思考を断ち切る。
「ああ、いや気持ちだけ受け取っておく」
「むぅ〜、それじゃあ、私の気がすみませんよ」
と言われても特にして貰いたい事の無い光輝は困ってしまうわけだが、何か言わないとクレスの方が納得しそうも無い。
光輝は溜め息と共に口を開く。
「・・・なら明日買い物に付き合ってくれ」
「買い物ですか?」
「ああ、この服装は目立つようだからな。目立たない服を一式そろえたい。
ただ、こっちの服の事は良く分からないからな。助言してくれるとありがたい」
「おぉ、そういう事なら任せて下さい!」
本当は余り任せたくなかったのだが他に頼めそうな事が無かったのだからしょうがない。
「それでは改めまして、私、魔法使いのクレスリフィル・エスタイトって言います。クレスって呼んで下さい。
よろしくお願いします」
その言葉と共に手を突き出してくる。恐らくは握手を求めているのだろう。
「私は美羽田 光輝。美羽田は家名だ。呼び方は・・・好きにしてくれ」
そしてクレスと握手をしながら光輝は「それと」と続ける。
「敬語は止めてくれ。見たところ同い年くらいなのだから」
その言葉にクレスの動きが一瞬固まる。そして今度は光輝の顔を凝視し始める。
「・・・・・・同い年ですか? えぇと、私17歳なんですけどコウキさんは?」
「18だ」
「でぇぇっぇぇぇえぇっぇぇぇ!?」
「・・・・・・なんだ? その反応は」
吃驚というよりかは絶叫と言った方が良い叫び声を上げるクレスに光輝が顔をしかめる。
「えっ? でもでも、あぁいや確かに見た目はそれくらいか・・・
だけど雰囲気と言うか言動が落ち着き払いすぎているって言うか!!」
かなり混乱しているが光輝には大体何が言いたいのか分かった。
「なるほど、君は見た目はともかく中身はオヤジだ。と言いたい訳だな?」
「え? そ、そうなのか・・・な?」
「まぁいい、故郷でも散々同じ事を言われたからな・・・」
そう言って夜空を見上げる光輝の表情はどこか哀愁をたたえていた。
「あ、あの、コウキさん?」
恐る恐るかけられるクレスの声に光輝は気を取り直し、クレスに視線を戻す。故郷で何度も言われていただけあって、この辺の切り替えは早い。
「‘さん’はいらない。私も君のことはクレスと呼び捨てにするから」
「え? でも・・・」
「ふむ、ならば私は君のことをクレス様とでも呼ぼうか」
「クレス・・・さま?」
クレスは一瞬意味をつかみかねた様な顔をしたが、次第にその意味を理解したのか慌てて首を横に振る。
一つしか年の違わない人間、しかもさっき知り合ったばかりの人間に様付けで呼ばれるのはかなり抵抗がある。
「や、止めて下さい! なんだか良く分からないけど嫌です! て言うか本気ですか!?」
「本気か? と聞かれればかなり本気だが、私の方はそれほど抵抗は無いしな」
「と、とにかく止めて下さい・・・」
「じゃあ、敬語を止めて呼び捨てにするように」
「・・・・・・分かりま・・・・・・・・・ 分かった」
観念したように頷くクレスを見て光輝も頷く。
「では、よろしく頼む」
「あ、うん! こちらこそ!」
二人は改めて握手をした。
翌日の早朝、光輝が泊まった宿屋の裏の少し開けた場所で光輝は刀の素振りをしていた。
とりあえず500回ほどの素振りを終えると今度は型を一通りなぞっていく。
それを終えると朝の鍛錬は終了したのか、その手に持っていた刀、光明を鞘に納める。
「あ、こんな所にいたぁ〜!」
光輝がその声に振り向くとそこには昨日の夜に知り合ったばかりの少女、クレスがいた。
昨夜はあの後、買い物に行く時間を決めて別れたのだ。まだその時間にはかなり早いので、本来なら彼女に用は無いはずである。
が、どうも光輝の存在はクレスの好奇心を刺激するに十分だったようだ。確かに服装が珍しかったり、扱う武器も始めてみるような物だった。
彼女でなくとも興味を惹かれるかもしれない。
「あれ? もしかしてお邪魔?」
光輝の手元にある刀を見てここで何をしていたのか察したのだろう。少し遠慮気味に尋ねる。
「いや、丁度終わったところだ」
「じゃあさ。ちょっとお話しない?」
「何故?」
「や、買い物に行くには早すぎるでしょ? だから時間を持て余しちゃって・・・」
そう言ってアハハと笑うクレス。因みに現在午前6時前である。当然普通の店は閉まっている。
「用事も無いのにこんなに早くに起きたのか?」
多少呆れ気味に光輝が言う。別に早起きが悪い訳ではないがすることも無いのに起きても仕方がない。
「まぁ、癖みたいなものだから・・・」
「癖?」
「そ、私ちょっと前まで魔法使いじゃなくて武闘家だったから、早朝の鍛錬とかも結構やってたし」
「なるほど」
それは光輝にも納得できた。習慣と言うのは体に染み付くものだ。
「で? 付き合ってくれるの?」
「・・・まぁ、いいだろう。話に付き合おう」
「やった」
ということで二人は場所を移して話をする事になった。とはいっても光輝の方には数時間も話し続けるようなネタは無く、自然クレスばかりが話して光輝はもっぱら聞き役という構図になった。
間に朝食をはさむ以外に休憩らしいものも取らずに一人喋り続けるクレスに光輝は半分感心すると共に半分寒心した。
そんな風に話が―――主に一人だけ―――弾んでいたのだが不意にクレスが口を噤む。どうしたのかと光輝が訝しく思っていると、またもや不意にクレスが口を開く。
「もう10時よ。買い物に行きましょう!」
そう言って元気良く立ち上がる。どうやら話しつつ時間も把握していたらしい。
「なかなかの芸だな・・・」
「ん? 何か言った?」
「いや、じゃあ行くか」
幸いにも光輝の言葉はクレスの耳に届かなかったようだ。光輝は未だに疑問顔をしているクレスを置いて部屋を出て行った。
「あっ! ちょっと待ってよ!」
それに慌ててクレスが着いて行く。
「さ〜て、他に何かいる物はある?」
「無い」
始めに買う物を決めていたので光輝は即答した。
勿論、服は買った。丈夫で安い、旅人の服装としては極普通の服である。
それ以外にもいくつか買った物もあるが、大した量ではない。にも拘らず既に時刻は午後1時。
間に昼食をはさんだ事を差し引いても少々時間がかかりすぎではなかろうかと光輝は思った。
実際、必要な物を買うだけなら昼前には終わっていただろう・・・
(女の買い物は長いと言う事か・・・)
別にクレスの買い物ではないのだが、あーでもない、こーでもないと本人以上に悩んでくれたので時間がかかった。
光輝も自分の買い物に付き合ってもらっている関係上、あまり急かす事も出来ずに、そのままだらだらと買い物を続けたのだった。
「う〜ん、じゃあ、これからどうしようか?」
「帰って着替える」
「そっか、そのために買ったんだもんね」
そう言って歩き出すクレス。恐らく宿屋へと戻るのだろう。光輝もその後に続いて歩き出した。
「む、ここはこうか・・・?」
現在、光輝は宿の自分の部屋で着替え中である。初めて着る洋服にかなりの苦戦を強いられており、いっその事目立っても良いから今までの服装でいいかという考えも浮かぶが、その度に他人に助言を頼んでまで買って来た物だからと着替えを続け、遂に着替えを終えた。
「服を着るのにこんなにも時間がかかるとは・・・」
実際の所、ただ慣れていない為に時間がかかっただけなのだが、それなりにストレスが溜まったのか光輝は愚痴をこぼした。
どうも体に違和感を感じつつ部屋を出る。部屋の外ではクレスが待っていた。
「あ、着替え終わったんだ。・・・・・・結構似合ってるね」
「そうなのか? まぁ、目立たない格好になっているのならそれでいい」
「・・・・・・・・・コウキってあんまり見た目とかに拘らないタイプでしょ?」
「・・・・・・? 何を言ってるんだ? 目立つのが嫌だから着替えるというのも拘りではないか?」
「いや、そういう事を言っているんじゃなくてね・・・・・・、まぁいいや・・・」
クレスが溜め息混じりに言葉を切る。光輝はそのクレスの様子を見て一瞬不思議そうな表情をしたが、どうでも良いと思ったのか、それについては何も聞かずに話を続ける。
「しかし、このベルトと言うのは刀が差し難くて困る」
刀に視線と手をやりながら言う。今までは帯に差していたのだが、今の服装には帯なんてものは無いのでベルトに差したのだがどうも違和感が拭えない様だ。
「そうなの? だったら剣帯でも使えばいいのに」
「ふむ、一応、買い物の時にそれとなく見てみたんだが、刀を吊るすようには出来ていなかったからな・・・
まぁ、どこぞでそれ用の鞘か剣帯を作ってもらえば使えなくも無いが、そこまでするのも面倒だ」
「ふぅん、そんなもんか」
その内慣れるか、などと言いながら、それでも気になるのか刀とベルトを弄り回している光輝を見ながらクレスは少し気になっていた事を尋ねてみる事にした。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」
「む?」
「コウキって剣・・・と言うかカタナ?」
「言い難かったら剣で良い」
「じゃあ、剣は持ってるけど鎧とか盾とかは持ってないの?」
クレスの常識としては剣を使うのは基本的に戦士である。戦士は鎧や盾、兜といった物で防御を固め強力な武器で敵を粉砕するタイプが殆どだ。
逆に防具を用いずにスピードで敵を翻弄し仕留めるのは武闘家であるが、こちらは剣なんて物は使わない。体術を基本的な攻撃方法としているのだから当然であるが・・・
光輝の場合、剣を持っていて、魔法を使うようには見えない事から職業的には戦士である可能性が高い。がその割には防具の類を持っている所をクレスは見た事が無い。
知り合ったのが昨日の夜である事を考えると、たまたま持っていなかっただけかもしれないが、先ほどの買い物の時に服を選ぶ際に光輝は鎧などの防具を装備する事を全く想定していなかった。それに着替える前までの光輝の服装は鎧などを装備するにはかなり不向きな格好だった。
これらの事がクレスに‘鎧とかは持ってないの?’という質問をさせたのである。
「持ってない。邪魔だからな」
「邪魔?」
「ああ、私の戦闘方式を考えると邪魔以外の何者でもないな」
「戦闘方式・・・・・・?」
「・・・・・・剣、体術、それに暗器などを扱うからな出来るだけ動きを阻害するような物は身に付けたくない」
「ふぅん、・・・・・・暗器って?」
「隠し武器。・・・・・・昨日針を投げただろう? あれも暗器の一種だ。まぁ、戦士と言うよりは暗殺者と言った方が近いかもしれないな」
「あぁ、はいはい。何となく分かった」
確かにそういった小道具や体術を使うのなら出来るだけ動きやすい格好の方が良いだろう。クレスも元武闘家だけあって、その辺りの事は知っている。
「ね、今日はもう予定無いの?」
「・・・・・・これから神殿に行こうと思っているが?」
このダーマの地で神殿と言えば転職を司っているダーマ神殿を指す。
職業に関係する場所だけに勇者に関する何らかの情報もあるかもしれない。仮に勇者に関する情報が無くてもダーマの神官は世界でもかなり高い地位にいるので何かしら有益な情報を得られるだろう。
そんな考えから光輝は当初から神殿を訪ねることに決めていた。
「神殿? 転職でもするの?」
「しない。・・・・・・少し聞きたい事があるだけだ」
「・・・・・・ん。一緒して良い?」
「・・・何故?」
昨日のお礼と言うなら先ほどまでの買い物で終わっているのだからクレスが光輝に付いて来る必要な無いはずだ。
「暇だし、何となく好奇心が・・・」
「・・・・・・好きにしろ」
しばらく沈黙した後、光輝はそう言って部屋を出て行った。
クレスはそれに慌ててついて行く。
「なぁに!? あの態度、仮にも聖職者でしょ!?」
ダーマ神殿からの帰り、クレスはいきり立っていた。
それと言うのも、光輝達の対応に出てきた神官の態度がすこぶる悪く、こちらの質問にも殆ど答えてくれなかったからだ。
その割には光輝は落ち着いている事もまたクレスには気に入らない。
「何でコウキはそんなに落ち着いてるのよ!?」
「何で、と言われても予想の範囲内だったからな」
「は? 予想の範囲内?」
「そう、たかが旅人に世間に出回っている以上の情報を与えるとは思えないだろ?」
「む〜、じゃあ何で・・・」
クレスは、それなら何故わざわざダーマ神殿を訪ねたのか、と言外に尋ねる。
光輝が聞いたのは一つは勇者に関すること、これに関しては真新しい情報を得る事は出来なかった。最有力がアリアハンのオルテガ氏であるのも光輝が把握している通りである。
次に魔王軍の現在までの動向。これについても特に目を引く物は無かった。魔王軍が世間に認知された出来事は魔王軍によるテドンの襲撃。その後、アリアハンを襲撃するも、これは失敗している。その後は目立った行動は取っていない。
最後に、魔王が真っ先にテドンを滅ぼした理由。これには「魔王の本拠地に近いから」と言う世間に浸透している解答が返ってきた。その解答に光輝は納得はしていなかったが特に追求するでもなく質問を終わらせた。
その後、ダーマ神殿を追い出されるように後にしたのである。
「私が一番聞きたかったのは最後の“テドンが滅ぼされた理由”だ」
「え? どうして?」
「考えても見ろ、世間で言われているように“ただ近かった”という理由でテドンが滅ぼされたのなら、その後アリアハンを襲撃したのは不自然だ。
もし、テドンを“ただ近い”という理由で滅ぼしたのなら、次に襲撃すべきはイシスかアッサラームだろ? アリアハンなんて遠すぎる。
更に言うと、テドン襲撃は魔王軍を世界中に知らしめることになった出来事だ。テドン襲撃があったために世界中が魔王軍に対する警戒を強めたと言ってもいい。
ならばテドンを滅ぼす前の警戒が薄かった段階でアリアハンを襲撃していたらどうだ? あるいはアリアハンがテドンと同じように滅んでいたかもしれない。
それをせずに軍事的にも、それほど力を持っていなかったテドンを先に滅ぼしたのは明らかに不自然だ」
「・・・・・・あ」
クレスは言われて初めて気が付いた。確かに言われてみれば不自然である。
「え、じゃあ何で・・・」
――テドンは滅ぼされた?
「それについては、はっきりとは分からないが予想する事は出来る。
“テドンが襲われた理由”を考えるのではなく、“何故、テドンの次にアリアハンが襲われたのか”を考えればいい。
魔王軍がアリアハンを襲った理由なら、予測はそれほど難しくないだろ?」
「・・・・・・オルテガ?」
「そう、恐らくは勇者の有力候補であるオルテガ氏を狙ったものと思われる。
では、テドンには何がある?
“勇者かもしれない人物”よりも重要な何か
がある。・・・少なくともあった、と考える事が出来るだろ?」
「・・・・・・」
クレスは絶句する。自分とそれほど年が違わない人物が考える事とは思えなかった。
「だが、これだけでは所詮は机上の空論だ、単に魔王の気まぐれだったのかもしれないしな。そこで、ダーマ神殿で訊ねてみた訳だ」
「で、結論は?」
神殿側の言い分を鵜呑みにするなら、光輝の考えは間違えと言う事になるが、光輝は先程「世間に出回っている以上の情報を与えるとは思えない」とも言っていた。クレスとしてはどう判断していいか分からず光輝に尋ねる。
「私の考えは、まず間違ってはいない。テドンにあったのが何かまでは分からないが、私の質問にあの神官は明らかに動揺していた。
少なくともテドンが襲われたのは“近かった”なんて理由だけではないのは確実だろう」
アリアハンが空振りだった場合、テドンを調べてみるのも良いかもしれない。光輝は密かにそう考える。
「え? そんなに動揺してた?」
「ああ、クレスも少し注意して見ていれば分かったと思うぞ」
と言っても、光輝は最初から言葉による情報の提供を当てにしていなかったのだから、相手の様子を注意深く見ていたのは当然と言えば当然で、クレスがそれに気付かなかったからと言って責められるいわれは無い。
当然、光輝も責めてはいない。
「はぁ、ま、良いけど。じゃ、今日はもう予定無し?」
「ああ、今日一泊して明日はアリアハンに向けて出発する」
「ふ〜ん、それなら、とりあえずバハラタ行き?」
「まぁ、そうなるが・・・」
「じゃ、ついてくわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何故?」
「や、バハラタは私の故郷だし、そろそろ帰ろっかなって、あ、拒否しても勝手について行くから」
「・・・・・・はぁ、好きにしろ」
光輝は諦めの溜め息を吐いた。
「と〜ちゃく!!」
クレスの元気の良い声が響く。ダーマからバハラタにかけての道程は途中数回モンスターとの戦闘があったものの、それほど困難な物ではなかった。
徒歩で二日。予定通り昼前には到着した。
「さってと、それじゃ、私の家に行きましょう!」
と、当然のようにクレスが光輝を促す。それに対して光輝が反論するのは当然だろう。
「ちょっと待て、何故、私が君の家に行かねばならん」
「何故って、・・・・・・流石に今日くらいはここに一泊するでしょ? まさか休みもせずにアッサラームに向かうなんて言わないだろうし」
「ああ、しかしそれは宿にでも泊まれば良いだけだろ。何故、わざわざ君の家に行かねばならん」
「え? だって・・・・・・・・・ああ、そういえば言ってなかったわね」
「?」
「家の両親の職業は“宿屋経営”よ」
「・・・・・・・・・」
「ついでに言うと、バハラタ唯一の宿です」
「・・・・・・・・・」
「さて、分かったら行きましょう!」
「・・・・・・・・・」
クレスに腕を引かれて歩く光輝。光輝は目的地に到着するまで終始無言だった。
そんなこんなで到着したクレス宅(宿屋)、宿屋としてはそれほど大きな部類には入らないだろうが、バハラタと言う町の規模を考えると妥当な大きさである。
クレスが扉を開けて建物の中に入るのを見て光輝もそれに続く。建物に入ると正面のカウンターらしき場所に一人の女性が座していた。恐らくはクレスの母親であろう。
その女性はクレスと光輝の姿を見ると驚いた顔で口を開いた。
「クレスちゃん!? いつの間にお嫁に行っちゃったの!?」
彼女の第一声がこれである。帰ってきた娘が男を連れていただけで、このような結論を導き出す辺り、少々特殊な思考回路を保有しているに違いない。
「違います」
「そうよ、母さん。流石に親に何も言わずに結婚なんてしないわよ」
即座に否定する光輝に続いてクレスが少々ずれた返答を返す。クレス母の特殊な思考回路を駆使したらどんな解釈が生まれるか分かった物ではない。
案の定、“娘が結婚の許しを貰いに来た”と彼女の特殊回路が解釈した。
「そう、遂に私も
“娘さんを俺に下さい”イベント
を体験できるのね!!」
お母さん、大興奮。
その後、彼女の誤解を解くのにしばらく時間をとられた。その途中、クレス父が買出しから帰宅したらしく、それによって更なる混乱が起きた事もここに記しておく。
「―――という事で一時的に行動を共にしているだけです」
「そうそう、結婚なんてしないから。私まだ17歳よ?」
その後、昼食を共にしながら事情説明。何故か残念そうなクレスのご両親。・・・似たもの夫婦である。
「第一、結婚を期待するなら、まず兄さんでしょ?」
クレスには今年24になる兄がいる。今日は所用のため不在である。
クレスの言うように、結婚の話ならまずこの兄にあるべきである。年齢的にもそんな話があってもおかしくない。
それに対してクレス母は否定の意を表す。
「駄目よ」
「・・・はい?」
何故。
「息子じゃお嫁を貰う方でしょ!? 私は
“娘さんを俺に下さい”
って言われたいのよ!! どうやったら息子の相手のお嬢さんがそんな事言うのよ!?
それとも
“息子さんを私に下さい”
とでも言ってくれるの!? ありえないじゃない!!
ちょっと良いな
とは思うけど!!」
「重要なのはそこなの!?」
「ああ、ほら母さん落ち着け、クレスも」
またもや興奮気味のクレスとクレス母をクレス父がなだめる。
「あなた! あなただって言われたいでしょ!?」
「まぁ、
言われたい
し
“お前なんぞに家の娘はやれん!!”
とも言いたいが相手がいないんじゃ仕様が無いだろ?」
この夫婦のやり取りに言葉もないクレスと光輝。このクレス父は見た目、落ち着いた雰囲気で常識がありそうだが、思考回路はクレス母と
ほぼ同じ
である。要注意。
その後、光輝に町を案内する、という名目のもと、特殊思考回路保有者二人から逃げ出した。このまま、ここに留まっていたら、いつ二人に結婚しろと強要してくるか分からないからだ。
二人ともあの「“娘さんを俺に下さい”イベント」とやらをやらされるのは嫌である。しかも父親は結婚に反対だろうが賛成だろうが「“お前なんぞに家の娘はやれん!!”」と言うことが確定している。
―――――
未知との遭遇
光輝は後に、この出来事をそう表現した。光輝にとって未知の存在、それがクレスの両親であった。
蛇足ではあるが、この数年後。光輝は不本意ながら、
このイベントを経験する
事態に陥る事を記しておく。
その翌日、光輝とクレスは早々にバハラタを発っていた。クレスは大衆の面前で「こんな所に私を置いていくの!?」と言って無理やり付いてきた。
光輝は、このやり取りにも何だか慣れて来たため特に文句は言わなかった。
因みにバハラタからアッサラームに辿り着くまでの間だけだが同行者が二名増えた。商人であるアルバート・ライデル氏とその息子で商人見習いエリック・ライデルである。
この二人、アッサラームへ向かう道中、冒険者を護衛として雇っていたのだが、その冒険者が負傷。護衛が続行不可能となってしまったため、バハラタに足止めされていたのである。
バハラタには宿が一つしかないので、当然、光輝は彼らと同じ場所に宿ととることになり、光輝の事を知ったアルバート氏が護衛を依頼してきたのである。
そんなわけで現在、光輝とクレス、それに商人親子を加えた四人でアッサラームへの道を歩いていた。
しばらく歩いていると前方に人影が見えた。ここは町と町をつなぐ道なのだから、それ自体は特に問題にすべき事柄ではない。
しかし、その人物は道の真ん中に仁王立ちして、四人に視線を向けているため護衛としては警戒せざるを得ない。徐々に近づいてきて、その人物の外見的な特徴が見て取れるようになった。性別は男、年齢は20を少し過ぎた辺りで髪は長く茶色がかった赤色で後ろで一つに束ねている。そして腰には剣を帯びている。
一見して何をしている人物なのか分かりにくいが、道の真ん中で仁王立ちしている時点で不審人物には違いない。光輝は自然な動作で商人親子を隠すような位置に移動する。
男との距離が4メートルほどにまで近づいた時、男が声をかけてきた。
「こんにちは」
男は普通に挨拶すると続けて言った。
「アルバート・ライデルさんですね?」
「
違います
」
―――――
え?
男の言葉に真っ先に反応したのは光輝だったが、その光輝の言葉に周囲が唖然とする。
一方、男の方は光輝の言葉に一瞬怪訝な顔をすると申し訳なさそうに言った。
「あれ? 人違いでしたか? それは大変申し訳ない」
「いえ、間違えは誰にでもありますから」
―――――
いや、間違ってないから。
平然と言ってのける光輝にクレスとライデル親子は心の中で突っ込みを入れる。――まだ、唖然としていて言葉が出ないのだ。
そんな周囲を無視する形で二人は会話を続ける。
「それでは僕はこれで失礼します」
「ええ」
「―――
なんて言うと思いましたか?
ちゃんと相手を確認して声をかけたんですから、僕は」
「だったら、わざわざそんな質問をするな」
「社交辞令ってやつですよ。それに即座に否定してくる貴方も中々のものですよ」
「お褒めに預かり光栄だな」
光輝としては、こんな周囲に何も無いような場所の道の真ん中に仁王立ちしているような不審人物を護衛対象に近づけたくなかったため、咄嗟に否定の言葉が出たのだが、そんな事は知らない周囲から見たら単なる
奇行
である。
「それで、何の用だ?」
「ああ、そうでした。アルバート・ライデルさん“黄色い宝玉”お持ちですよね?」
その言葉に光輝は一瞬アルバートに視線を向ける。そのアルバートの表情が強張っているのを見て取ると直ぐに男に視線を戻す。
「大人しく渡してもらえると穏便に事が運べて僕も嬉しいんですが・・・」
「悪いが、その要求には応じられない」
「何故です?」
「私は護衛だからな」
「物を貰えれば危害を加える気はありませんよ?」
「そんな要求に簡単に応じるようでは護衛なぞ必要ないだろう」
「ふむ、なるほど、言われてみればそうですね。では力ずくで行かせて貰います」
そう言って男はにっこり笑うと、鞘走りの音と共に剣を引き抜いた。光輝もそれに応じるように刀の柄に手を掛ける。
クレスのそれに続いて戦闘態勢を整えたが、そこに光輝が声をかける。
「クレスは二人を連れて安全と思われる場所まで退け」
「え、何で――」
「伏兵がいるかもしれない。二人揃ってこいつの相手をするわけにはいかない」
クレスの抗議を遮るようにして光輝が簡潔に説明する。それに納得は出来ていないものの、光輝が言っている事が正しい事も分かるので、クレスはじぶしぶそれに従って下がっていく。
男はそれを面白そうに眺めていた。
「・・・・・・追わないのか?」
「貴方がそれを許してはくれないでしょう?
・・・それに貴方が言うように伏兵もいますから、そっちはそっちで対処するでしょう。
ま、本当ならその伏兵は貴方達の後ろからやってきて、挟撃するはずだったのですが・・・・・・、いやいや、お見事」
光輝の問に男はうんうん頷いて、そう返した。そして「貴方と遊んだ方が楽しそうですしね」と続けた。
「それでは、始めましょう」
そう言って男は笑った―――
とは言え、両者共に直ぐに攻撃に移る事は無かった。光輝は居合いの構えを取っている。居合いは基本的に“待ち”の構えで、己の間合いに入ったものを鞘走りのエネルギーを利用した神速の一撃で斬り捨てる。“一撃必殺”である。それ故、一撃繰り出した後の隙が大きく、攻撃をかわされた際の反撃に弱いと言う特徴がある。・・・まぁ、それを差し引いても強力な剣技である事に変わりは無い。
また、居合いは攻撃の直前まで刀を抜かないので刀の長さを相手は把握しにくく、その事も有利に働く事がある。
一方、それに対峙する男は光輝の構えが珍しいのか離れた位置から興味深げに観察している。「始めましょう」と言った割には剣を構えてもいない。
男は唐突に動いた。それはもう「ちょっと、そこまで競争しようか?」とでも言いそうな乗りで一気に光輝へと間合いを詰めて来たのだ。
光輝は内心の動揺を押さえ込み、男が間合いに入った瞬間、刀を鞘走らせた。
男は光輝の攻撃をかわした。とは言え、流石に余裕は無かったようで服とその下の皮膚が浅く斬られている。男は一瞬笑顔を浮かべると、すぐさま光輝に剣を繰り出した。
光輝は攻撃後の態勢が崩れた状態だったため、地面に倒れるような形で無理やり攻撃を回避する。しかし、地面に倒れこんだ光輝に男は素早く追撃をかける。
内心、舌打ちしながら地面を転がって攻撃をかわした光輝は、その回転の力を利用して一気に立ち上がると、ろくに構えも取らずに男に一撃繰り出す。
不十分な体勢から繰り出された攻撃はそれほど脅威ではないが、流石に無視することは出来ず男は剣でそれを受け止める。
男が刀を剣で受けた瞬間、光輝は地面に沈み込むように体勢を低くし足払いをかける。それは予想していなかったのか男が大きく体勢を崩した。
その隙に光輝は男から距離を取り体勢を整え、すぐさま間合いを詰めると、休む暇も無く攻撃を仕掛ける。
それからは攻撃の応酬であった。しかし、剣戟の音は無い。有るのは攻撃が空を斬る音だけである。
繰り出される攻撃を双方共にことごとく回避しているのだ。凄まじいスピードで繰り返される攻撃と回避。当然、そんな事を長い時間続けられるわけも無く、再び距離を取り対峙した二人は、呼吸を荒くしていた。
二人の考えは殆ど同じだった。このまま勝負を長引かせてもお互いに体力を消費するだけで埒が明かない。ならば、そろそろ勝負をかけるべきだろう。
今回、先に動いたのは光輝だ。光輝は間合いを詰めると唐竹に刀を振り下ろす。男はそれを光輝の横に回る事で回避すると、その脇腹辺りに斬撃を繰り出す。
一歩退いてそれを回避した光輝は今度は刀ではなく、ダーマでも見せた針を男目掛けて投げつけた。男は反射的にその針を剣で叩き落した。その隙を逃さず光輝は刀を下から上へと斬り上げた。男は回避行動を取るが回避しきれない。
男の左腕が空中を舞う。光輝はこれを期に一気に勝負を付けようと返す刀で追撃をかけようとする。
しかし、この時、光輝の中に違和感が生まれる。光輝は攻撃行動を続行しつつ、その違和感の正体を探る。
そして、男の右手にあったはずの剣が姿を消していることに気が付いた―――
―――男の右掌に魔力が集中する。
「メラゾーマ!!」
男がそう叫ぶと同時に魔法が発動する。既に光輝は、追撃を無理やり中断して回避行動に移っていたが、とても間に合うタイミングではない。
直感的にそれを察した光輝は咄嗟に左手を火球にかざし、後ろに大きく飛んだ。
光輝の体が百熱の炎に包まれ、吹き飛ばされる。しばらく地面をごろごろ転がって行って動きを止めた。
至近距離から火炎系最強の魔法を受ければ、その超高温による火傷と、燃焼で酸素が消費される事による酸欠によって、ほぼ即死である。
しかし、光輝は生きていた。瀕死の重傷を負って意識も無いが、それでも生きてはいた。その事実に男は意外そうな表情をしてみせる。
あの瞬間、男は光輝を殺(たお)したと思ったのだ。しかし、光輝は左腕を魔法に突っ込んで、後ろに飛ぶ事で衝撃を和らげ、即死を防いで見せたのだ。
極限の状況で、あのような行動を取れると言う事実は、正直驚きに値する。男は自身の顔が笑みを形作るのを自覚した。
―――――楽しい。
―――――こんなに面白い人間は初めてだ。
片腕を失うような大怪我をしたのも、殺(たお)したと確信した攻撃で相手が死ななかったのも、男にとって始めての経験である。
男は片腕を失ったにもかかわらず、愉快な気分になっていた。自分の腕を切り落とした男が目の前で気を失っていても殺意が湧かない。むしろ、こんな状態の男に止めを刺すのは勿体無いとさえ思う。
声を上げて笑い出したい衝動に男は襲われたが、そこに人の気配を感じたため、その衝動を押さえ込み気配の方へ顔を向ける。
―――しかし、その顔の笑顔はどうする事も出来なかった。
クレスが、その場に辿り着いた時、勝敗は既に決していた。立っているのは片腕を失ったにも拘らず笑みを絶やさない不気味な男。
光輝は倒れ伏してピクリとも動かない。クレスは一瞬、死んでいるのではないかと思ったが、よく見るとその胸が小さく不規則にだが上下しているのが見て取れ息をつく。
「おや、そちらに差し向けた魔物達は倒されてしまいましたか」
その声に反応してクレスはキッと男を睨み付ける。そして、杖を構え男と対峙する。
「止めておきなさい。片腕を失っていても、魔力を使い果たしている魔法使いに敗れるほど、僕は甘くありませんよ」
「魔法が使えなくても私は戦える!」
クレスは襲い掛かってきた魔物を退けるために魔力を使い果たしていた。たとえ元武闘家としての能力で戦う事が出来たとしても勝機が薄いのは確かだろう。
しかし、この場面で引き下がるわけにも行かない。
「僕は今日の所は引き下がろうと思っているのですよ。物の回収は絶対に達成しなければならない事ではありませんしね」
「そんな言葉が信じられるわけ――!!」
「しかし、ここで貴女が僕と戦っていたら彼が死んでしまうかもしれませんよ?」
「!?」
「放置しておけば死ぬ程度の傷は負わせましたしね」
男の指摘にクレスは反射的に光輝の方に視線を移す。そして、直ぐに男に視線を戻した。
「な――!?」
しかし、視線の先に男の姿は無かった。
クレスは慌てて周囲を見回す。見えるのは倒れている光輝、それにバハラタ方面から駆けて来るライデル親子。それ以外に人らしきものは見当たらない。
「・・・・・・・・・・・・まさか、本当に引き下がった?」
そのクレスの呟きは誰に聞かれる事も無く虚空に消えた。
それから一週間後、光輝は目を覚ました。それはそれまで全く目を覚まさなかったとは思えないほどアッサリとした目覚めだった。
光輝が目を覚ましたのはバハラタで寝泊りのために借りていた部屋だった。―――クレスの実家、宿屋だ。
現状の把握はそれほど難しくなかった。光輝の記憶に混乱も無い。
あの状況では即死でも仕方なかったが、どうやら生き延びたらしい。意識を失った後の事は分からないが、そんな物は誰かに聞くしかないので今考えても仕方が無い。
光輝はとりあえず起き上がる為にベットに手をつこうとした。そこでようやく気が付いた。
―――自分の左腕の肘から先が無い事に、
光輝は一瞬、困惑の表情を浮かべ、次に妙に納得した。
自分が気を失う直前の行動を思い起こせば、この結果は予想できるものだ。
なにせ、あの至近距離から放たれたメラゾーマを左腕で受け止めたような物なのだから・・・・・・。
(あの状況で死ななかっただけマシと言う事か・・・)
そうして光輝が比較的、落ち着いて自身の状況を確認していると部屋の扉が開かれた。
そこから現れたのは光輝の見知らぬ男性だった。
「あ、ようやく目を覚ましたんだ?」
いきなり、馴れ馴れしく接してくる男性に光輝は困惑する。もしかすると左腕が無い事に気が付いた時以上に困惑しているかもしれない。
それに気が付いたのか男性が小さく笑うと自己紹介を始める。
「俺はリヴェスリッター・エスタイト。・・・クレスの兄だよ」
「リ、ヴェス・・・」
「あはは、言いにくいだろ? リヴェで良いよ。皆そう呼んでるから」
「そうですか、私は・・・」
「コウキ君、だろ? 妹から聞いてる」
「・・・なるほど」
「ああ、少し待っててくれるかい? クレスの奴を呼んでくるから」
自己紹介が一段落つくと、リヴェはそう言って部屋を出て行った。あの両親を見ているからだろうか、クレスの兄はとても善良そうに光輝には見えた。
・・・・・・それが錯覚でない事を祈るばかりである。
しばらくするとクレスとリヴェが連れ立って部屋へやって来た。
クレスは片手に果物を乗せた皿を持っていた。そしてベットのそばまでやってくると口を開いた。
「おはよう」
「ああ」
「一応、何か食べる物をって思って果物なんか持ってきたけど食べてね? 何せ一週間も寝てたんだから、
まともな食事も今用意しているから」
「・・・一週間?」
「そ、一週間」
クレスが頷いてみせると光輝は「そうか」と一言だけ言った。別に感動的でも何でも無い会話だが、まぁ、この二人ならこんな物だろう。
先程から何も話さないリヴェはというと、少し離れた位置から笑顔で二人の様子を眺めていた。それに疑問を感じて光輝が声をかける。
「あの、リヴェさん?」
「おっと、“リヴェさん”なんて他人行儀な」
光輝は思った。
他人じゃないか
と、
「リヴェ
義兄(にい)さん
、と呼んでくれて良いんだよ?」
「はい?」
「ちょ、兄さん何言ってるのよ!?」
「なんだい? クレス、まさか彼が寝ている時にあんなに甲斐甲斐しく看病していたくせに今更
結婚の意志
が無いなんて言わないよな?
ぶっちゃけ、あの時のお前の様子は
長年連れ添った鴛鴦(おしどり)夫婦
のそれだったぞ? それでいて結婚しないなんて
ありえない
だろ」
「なんで、なんで家の人間は直ぐにそう言う方向に話を持って行くのよ!!?」
クレスは怒りのためか、それとも恥ずかしさのためか顔を真っ赤にして怒鳴った。少々涙目である。
その後、クレスの兄、リヴェは部屋を追い出された。光輝はクレスに視線で問いかけた。「あれは何だ?」と、
「あの両親と普通に生活できるような兄よ」
返って来た答えは、そんな諦めを含んだ物だった。さっきは光輝の目にリヴェはまともそうに見えたのだが、どうやら錯覚だったようだ。
その後、光輝はクレスから自分が寝ている間に何があったのかを説明された。
しかし、説明といっても、それほど説明するような事は無い。敵が何故か目的を果たさずに姿を消した事、ライデル親子は無事で一昨日バハラタを発った事、それに光輝の左腕の事くらいである。
「それと、神父さんに魔法で傷を癒してもらったけど、まだ完治した訳ではないから無理はしないでね」
「・・・・・・・・・」
「何故、沈黙するの」
「了解だ。大人しくしている」
実際の所、光輝はさっさと旅を再開したかったのだが、流石に今の体ですぐさま旅に出るのは無茶である事くらいは分かっているので不承不承、承知した。
それから三週間後の早朝、光輝は旅を再開する事にした。旅立ちを人通りの少ない早朝にしたのはクレス達に黙って出て行こうと考えたからである。
これまでの傾向を考えるにクレスが付いて来る可能性は非常に高い。だが、流石にこれ以上迷惑をかけるわけにも行かないので黙った出て行くことにしたのである。
光輝は町の出口の辺りに差し掛かった時、人の気配を感じそちらに顔を向けた。
その人の気配が誰の物か認識した瞬間、光輝は踵を返して走り出そうとした。
「あ、こら、逃げるな!!」
しかし、声をかけられてしまった事で仕方なく、その人物――クレスと向かい合い話をする。
「何で私に黙って出て行こうとするかなぁ」
「何故、気付いた?」
「え? や、そろそろかなって」
「そろそろ?」
「コウキだったら、そろそろ出て行こうとするんじゃないかなってね。一昨日から張(は)ってたのよ」
その言葉に光輝はあからさまに呆れた視線をクレスに向ける。
「あ、世話になった人間に挨拶も無しに出て行こうとした人に、そんな視線向けられたくないなぁ〜」
「む、世話になった」
光輝はそう言うとさっさと町を出ようとする。
「あぁ、待ちなさい。私も着いていくんだから」
「・・・・・・やっぱり来るのか?」
「行くわよ。拒否されたって勝手について行くから」
光輝はそのいつか聞いたような台詞に、やっぱりいつか言ったような台詞を溜め息と共に吐き出した。
「・・・・・・好きにしろ」
―――――――これは魔王バラモスが討伐される20数年前、伝説とはあまり関係の無い物語。―――――――
―――――――伝説が始まるのは、まだ少し先の事・・・―――――――
―――あとがき
この作品は、私の初の二次創作であり、初の寄贈品であり、初の短編小説でもあります。初めてづくしですね。
ドラクエ3の二次創作と宣言している割には、ドラクエっぽさが出ていないのが難点。
時間設定を本編の二十数年前にしたり、主人公をジパング人にしたりと、要因はそれこそ明らかですが、まぁいいです。こういうのは作者のやりたいようにやるのだ良いのです。
さて、ここからは本作の解説です。
まず、寄贈品に長編小説を送るのは、個人的に駄目だったので、短編小説になりました。(投稿小説を扱っているサイトなら別)
そのため、当初予定していたシーンが幾つかカットされてます。
具体的には、敵が複数になる戦闘シーンは全てカット、理由は長くなるから。と言っても二つだけですが。
その二つってのが、光輝が叩きのめした盗賊の逆恨みによる「対盗賊団戦」と、商人襲撃時のクレス側の戦闘(対魔物の群れ戦)です。
それと、商人親子に全くセリフがありませんが、当初は結構、喋らす予定でした。でもま、「そんなに重要なキャラじゃないし・・・」と言う理由でカット。(←ひどい)
この商人が襲撃された理由が「イエローオーブを所持していた」からなので、ドラクエ的には重要キャラなんですけど、この作品内ではオーブの重要性など全く明かされていないので、この商人は重要でもなんでもないのです。
後は、歴史的な矛盾点があったりします。本来、卑弥呼の時代に日本刀は存在しない、とかですね。特に光輝が使う、打刀は日本刀の中でも新しい部類に入ります。
と、こんな所でしょうか? 他の疑問点は、質問して頂ければ、随時、お答えする予定です。はい。
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美羽田 光輝(みはた こうき)
櫛宮現心流剣士。主人公、18歳。勇者探しの旅に出る。
容姿は実年齢と大差無いのだが、その雰囲気と言動から年上に見られがち。
子供の頃から剣術をやっているので既に十数年ほど修行をしている。そこらの冒険者には負けない。
頭も良い。ただ、魔法の類は一切使えない。
得物は打刀二振り、銘はそれぞれ「光明(こうみょう)」「明烏(あけがらす)」と無銘の小太刀二振りそれに投げ物各種。小太刀は苦手。
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美羽田 雄輝(みはた ゆうき)
光輝の弟。16歳。
剣の腕前では兄を上回っている。しかし、状況判断能力などの面で劣るため実戦では及ばない。
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卑弥呼(ひみこ)
卑弥呼は尊称。本名は別にある。
まだ、オロチに成り代わられていないので本物です。
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当主
櫛宮現心流を伝える一族の当主。
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櫛宮現心流(くしみやげんしんりゅう)
刀、小太刀、投げ物などの暗器、体術の流派。
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クレスリフィル・エスタイト
Clesslifill Estite
光輝がダーマで出会った少女。元武闘家の魔法使い。通称クレス。17歳。
得物は敵を殴り倒す事も出来る丈夫な杖。
因みにこの作品における武闘家は体術だけでなく棒術や杖術などにも長けています。
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アルバート・ライデル
Albert Rydell
光輝に護衛を依頼してくる商人。
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エリック・ライデル
Erick Rydell
アルバート・ライデルの息子、商人として修行中。15歳。
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リヴェスリッター・エスタイト
Revesritter Estite
クレスの兄、通称リヴェ。24歳。
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