兄〜それから
筆者:異羽希
僕が死んで、十一年の月日が流れた。
一度の死を迎えた僕だけど、妹の成長過程を見守れたんだ。十分幸せといえるだろう。
だけど、僕の物語はこれで終わりだ。
悔いは無い……って言ったら嘘になるけど、満足はしてる。
さぁ、消える前にエピローグを物語ろう。
「お兄ちゃん、久しぶり」
そういって妹は水をかけてくれる。といっても僕じゃなくて僕のお墓に対してだけど。僕からしたらいつも後ろにいるから久しぶりって感覚でもないけど、、それでも家族が僕のことを思ってくれているという事を実感できるのは、やっぱり嬉しい。
「あのね、お兄ちゃん突然だけど。重大発表があるんだ」
……知ってる、それは嫌と言うほどに知っている。
僕は、この十年間を妹の守護霊として過ごしてきた。それこそ、妹が小学生、中学生、高校生と成長して行く様子を誇張表現ではなく誰よりも知っている。
そう、それこそ僕が生身の人間であったら妹に泣かれて、下手したら軽蔑されているであろうという現場に出くわしてしまう事もたくさんあったのも事実(流石に部屋から出た)で、流石に妹に欲情はしないものの魅力的に感じてしまったのも事実で、一時は守護霊を続けていいのか本気で悩んだものだ。
うん、蛍君はユウさんにずっと付き纏われてたみたいだけど、その辺のことはどうしてたんだろうと疑問が残るけど、まぁ今更か。
機会が無かったのか、僕が死んで直ぐの頃は彼等と何度か顔を会わした事もあったけど、それ以降は不思議と会うことが無くなっていた。死にてえなぁなんて事をよく言ってたけど、多分今でも幸せに暮らしているしてる気がする。
おっと、話が脱線してしまった。
さて、ちょっと僕のお墓の前に立っている人を見てみよう。
まず最初に僕の両親だ。別に何を言うわけでもなく、妹の後ろに立っている。
一番手前にいるのが、僕の妹。といっても、既に僕の年齢なんて追い越して立派な大人だ。
そう、僕の家族っていうのは僕が死んだ当時はこれで終わりだったはず。
で、本来有り得ない人物……小中高と僕とずっと仲の良かった友人、いや親友とも言える相手が妹の横に立っていた。
僕が言うのは何だけど、妹は凄い美人に育ったと思う。僕よりも大人の姿になったとはいえ、妹という存在に違いない所為か、おそらく単に容姿の問題だろうけど『綺麗』と言うよりは『可愛い』に分類されている為、結構ロリ趣向の人に好かれる傾向にある。
そして、そのロリ趣向の人間って言うのが僕の親友だったりして、そして妹とは結構昔から仲も良くて、何だかんだで親友は顔と性格も結構良くて……と、こんな流れで来たら……
「あのね、お兄ちゃん。実は私、今度結婚するの」
……とまぁ、こうなる事は当然と言うか何と言うか。(まぁ、後ろから見てるわけなんで今更といえば今更だけど)
何はともあれ、結婚式は十日後に開かれるそうだ。
……で、不覚にも泣いてしまった僕がいる。
妹の苗字が変わり、一年が経過した。
そして僕は今日も変わらずに妹の後ろをプカプカと浮いている。
ただ、いつもと違うことがある。十一年前、僕が幽霊になった瞬間に感じた第六感。あの何故かは分からないが、もやもやとした感覚を今朝から感じていた。
妹夫婦は朝から近所のデパートに買い物に行っていた。買っていたのはベビー用品。そう、一ヵ月以内に僕の甥が生まれる予定だ。
生まれる予定の子供の為にベビーカー、ベビーベッド、おむつや洋服などに給料一ヶ月分に相当するほどの金額を使っても、それでも二人は幸せそうに歩いていた。
帰り道、青信号を二人は歩き始める。僕が二人に付いていこうとすると急にもやもやする程度じゃない強い感覚が僕を襲った。
誰かの叫び声で我に返り、前を向くと、妹と親友が横断歩道上に倒れている姿を見つけたのだった。
「手術は成功しましたが、安心は出来ません。今夜が峠でしょう」
まるで、テレビドラマのような台詞だった。母はその台詞を聞くと同時に、その場で泣き崩れ、父は母を慰めるのに手いっぱいになっている。更に追い討ちをかけるように医師は言葉を続けた。
「お腹の中のお子さんですが、生命活動を停止しています……今すぐ開腹するわけにはいきませんがおそらくは」
生命活動を停止している。その言葉が意味していることは一つしかなかった……。
母は以前として泣き崩れている。おそらく僕が死んだ時もこうなったのだろう。親友の父と母も同じような状態だ。交通事故なんかで、死ぬのは僕だけでいい。この時、僕は一つのことを決意した。
以前、蛍君づてに鈴音さんを紹介してもらったときに聞いたことがある。霊力と言うのはつまり、二次的な生命力だという事を。
何故、幽霊と言う存在がいるのか。その答えは複数あるが……。
第一に、未練がある。これは霊力が二次的な生命であるという事を証明する理由でもある。未練があるということは、やりたい事がある。それが生きたいという事だと考えてもいい。つまり、生きたいという意思があるからこそ、生命の象徴である身体は死んでも、二次的な生命である魂だけで生きるという事らしい。
第二に、死に気付かない。これも上記と同じような理由で、身体が死んだとしても、心の中では生きているつもりなので、そのまま魂だけは死なずに幽霊となるケース。僕のようなケースがこれに当たる。この場合、ほとんどの幽霊は死を認めると、そのまま成仏するようだが、僕の場合は死を認めると同時に未練(妹との約束)を思い出したのと、その後守護霊として憑いていくことを決めたので、成仏はしていない。
……この二つが主な理由だと聞いた。
霊力と言うのは二次生命である。だったら、僕が出来ることは一つだ。
「……お兄……ちゃん」
私は、目を覚ました。何か懐かしい夢を見ていたような気がする。首を回してみると、傍に母が座っているのが分かった。
「おかあ……さん」
私の呟きに母は目を覚ましたようだ。涙を流して、私に色々と話しかけてくる。それでも、何でだろう、母が私に何かを隠しているような、私の大切な何かをなくしてしまったような気がして、不安で仕方が無かった。母に色々問い詰めようとも思ったが、私も疲れていたのだろう気がつくと次の日の朝だった。
次の日、看護士さんから聞いたところによると、私達は夫婦揃って昏睡状態だったらしい。
「ご主人も昨日、目を覚まされましたよ」
その言葉を聞いて、ほっとしたが、私はある一つの事に気がついた。そう、私の子供のことだ。後一ヶ月で出産の予定だったのだ。そんな状態で交通事故にあって無事なんてことがあるのだろうか。思えば母も昨日目覚めたときに色々話しかけてきたが、その事について全く触れてこなかった。看護士さんもその事について何も言ってくれない。
思えば、何か大切なものを失ったような、もやもやとした嫌な感覚は未だに晴れることがない。
嫌だ、そんなまさか!
私が最悪な想像をして、泣き叫ぼうとしたしたその時である。
――トンッ――
えっ?
もう一度……。
――トンッ――
私のお腹が中から蹴られているのが分かった。
『自分は生きている。心配するな』
そう言ってるかのように、何度も――トンッ――トンッ――っと……。
「……ウク、ヒック……ウァ……った……ヒック……生きてる」
本当に嬉しくて、嬉し涙が止むことは無くって、でも、それでも大切な何かを失ったというもやもやした感覚が晴れる事はなかったのだった。
さぁ、僕はそろそろ消滅するだろう。
妹と親友に霊力を分け与えるくらいなら消滅することはなかっただろう。問題は、妹の子供だった。
生きている人間に分け与える霊力と言うのは所詮、意思を強く持たせ回復力を高めさせる程度なので僕が消滅する何てことはまず無い。問題は生命活動が既に停止している場合だ。今回、胎児の身体に外傷はなかった。これは不幸中の幸いだろう。身体による生命活動が停止している場合なら僕がいくら霊力を分け与えようが生き返ることは無い。今回の場合は、強い衝撃によるショック死、つまり心での死だったわけだ。
だから僕は子供が生き返るよう、僕の生き残る意思の全てを胎児へと分け与えた。
これでもう、妹を守っていくことは出来なくなるだろうけど悔いは無い……って言ったら嘘になるけど満足はしてる。
願わくば、この子供が将来、妹を守ってくれるように育ってくれたら嬉しいと思ってる。
さぁ、これで僕のエピローグ……最後の物語は終了だ。
事故から一ヶ月、私は無事に子供を出産した。
一時ではあるものの生命活動を停止していたことから後遺症が出るのではないかと心配されていた様であるが、そんなことは無く、元気に誕生してくれた。
そして、子供の名前を決めるとき、私と夫は『せーの』で言い合い、同じ名前を口に出した。何かを失ったような、もやもやとした感覚はその時に消えていった。
お兄ちゃんの名前を付けられた赤ちゃんは、楽しそうに笑っている。そろそろ私も兄のことを振り切れるだろう。
――――さぁ、プロローグのはじまりだ――――
あとがき〜
はい、スグに完成するとか言いながら結局一ヶ月以上かかっちゃいました。宣言どおりな所は短いところだけです。間隔空いた所為か、上手くかけたかも微妙です。一気に書いたほうがよかったかも(汗)
ちなみに、これで完結なのでプロローグが始まる何てことはありませんのであしからず。
この兄シリーズ。無駄にこだわったのが、原作キャラ以外の名前を出さないこと(意味はない)でした。その点で言うと、「そよ風〜」「最後の〜」は問題無しでしたが、今作は無茶苦茶苦労しました。何で、こんな事したのか、自分に問いかけてみたいです。
あと、もう一つのこだわりは、どこまでタイトルに合った作品が作れるかというところ。この点に関しては満足です。また、葵先生のブログで、執筆意欲が湧いたら似たようなことをしようと考えている異羽希でした〜。
公開:2006/08/01