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side-A distance of inadvertently ice tea
著者:any熊

 生理的に死にたいって思っちゃう僕は、やっぱり何処か変だったり罰当たりなんじゃないかって深く感じる時がある。
 例えば、生きていることの素晴らしさを僕よりも知っている娘が死んでいたりするのを実感しちゃった時、僕の事を深く心配してくれていつも死ぬなんてダメだよって言ってくれる友達がいたりする時、僕の事を深く理解してくれていたりする先輩がたまに優しい言葉を投げ掛けてくれた時、久しぶりに会った幼馴染に自分のこんな性格を打ち明けられなかった時、何より

 世界が淀まないで綺麗に見えたりする時。

 そんな時僕はそれこそ死にたいぐらいに自分がひどく歪んでいる気がしてきて堪らなくなる。
 そして、とりあえず生きているんだから、生きていようかなって思う。
 でも結局そうはいっても、僕の死にたい……この世から消え去りたい願望はそんな考え程度じゃ消えないほど深い所に根ざしていて、とても拭い去れないモノなんだ。

 ……で、なんで僕が朝っぱらからこんなシリアスな事考えていたりするかって言うと、今現在の状況がけっこう「死にてぇ」に属す物だからだ。

「ケイー、おはよー! 元気な朝を迎えようよー!」
 ……死にてぇ
 やっと久しぶりの休日にありつけたんだよ?
 学校を休むってだけの休日じゃなくて、先輩の理不尽なバイトから解放されたんだよ? 何故か女装して、高い声を作って、いらない愛想を男どもに振りまいたりするって言う精神的によくない仕事がもうないんだよ?
 なのに、なんでこんなタダメシぐらいの迷惑幽霊に振りまわされなくちゃいけないんだよ。
 いや、今日は振りまわされない。
 寝よう。もう今日はこのまま起きていない振りをして寝よう。今日はウモーブトン大統領が民衆からの支持を絶大に受けている日だ……彼の演説に民衆の……心が一つ……に…………。
「なんでこんなにおっきな声で呼んだのに起きないの?」
 って自覚症状あんのかよっ。だめだ。突っ込むな僕。
「うーん、このお寝坊さんっ☆」
 うわっサブッ。耳元で甘い声を囁くなんてイタイし、すげぇイタイし。☆とかすごく無意味だよ。聞いてるこっちがすごく嫌になってくる感じだよ。クラシック聞いてたらいきなり深夜系のアニソンが流れた時の気分だよ。……全身の鳥肌がたってきた。
「っていうか早く起きてよ―。携帯電話がブルブルいってるんだけど。ケイの二メートル外にあるから運んでくるとかも出来ないよ」
 誰かからの電話か……だったら家の電話にかけてくれた方がもっと嬉しい。あれ? 僕が使っている契約ってどんなのだっけ? はぁ、そう言えば昨日携帯を棚の上に置いていたっけ。
 僕は手だけ伸ばし、棚との距離を縮める。
「ユウ、とにかく取って……」
「これでギリギリ2メートル以内だね……って私の扱いひどっ、って言うか微妙に距離足りてないから結構身体を伸ばさないと取れないよコレ」
 頑張ってね、僕は寝てるから……。っていうか、端から見たらコレって僕が超能力を使って携帯電話を取っているように見えるんだよ……なんて、五月蝿い超能力だ。それこそ、微能力ってやつか……。
「はいケイ、って寝てるしっ。美少女をこき使った挙句ベッドで一人寝てるしこの人! そんなんじゃそれこそもう"顔剥ぎ"どころじゃないよ。世の中色んな人から嫉妬だよ。殺されるよ? 虐殺ジェノサーイドだよ?」
「そんな事いいから取り合えず携帯だけ渡して……」
「ひどいよケイ。なんか今日いつもよりひどいよ。会話の中に愛が足りない。LOVE分が足りてないよ。いいよ、私が隣で添い寝しといて上げるから!」
 布団の横に入りこんでくる幽霊。うぅ、僕だけのウモーブトン大統領なのに……って携帯がずっとなりっぱなしだ。
 パカッて開けて誰から電話がきたのか確認する。
『神無 鈴音』
 ……プチッ。よし寝よう。
「ケイ。誰からだったの?」
「いや、『中にいる』が誰かにとり付いて電話してきただけだからモンダイナシ」
「それもそれで問題だよ! まぁ、取り合えず私と愛の巣でもはぐくもうよー」
「……寝る。休む。御休み」
「ケイの人でなしー。ろくでなしー。張り裂けた空からいきなり降ってくるマンボウに潰されて死んじゃえばいいんだぁ」
 マンボウってなにさ、マンボウって。
 ブルルルルルッ。
『神無 鈴音』
 プチッ。
「……ケイ。なんかよくわかんないけど、ひどい事してない?」
「失礼な、悪霊からかかってくる電話だぞ? さっさと切らないと乗り移られてしまわぁ。ってわけで、ユウさん、この後かかってくる電話は全て切っておしまいなさい…………すぅ」
「変な言葉づかいのまま寝ないでよっ!」
 ってわけで僕は、夢の世界に旅立つ事にした。
 ブルルルルルッ。
 鈴音の奴しつこいな。でもユウが切ってくれるから僕には関係ない。モウマンタイだ。こんな事思考している間があったらさっさと寝てしまおう。…………あぁ、木星から来た異性人が……僕の…………。
「ケイ! 鈴音さんからじゃない。なに切ってんの!」
「……ごめんねユウ。いつもなんでこいつこんなに五月蝿いんだ、とか、あぁ、迷惑だなぁ、とか思ってたけどごめん。今回ばかりはありがとう」
 だって、なんかすごく放送できそうにない展開に逝ってしまいそうだったから。なんで僕が実は王族で……その上、男だけの……死にてぇ
「なんかナチュラルに嫌な事言われた気がするけど、とりあえず鈴音さんからの電話とって上げてよー」
 なんでこいつ鈴音派なんだよ、とか思いつつも通話ボタンを押す。ポチッとな。
『蛍! なんで何回も切るのよ!』
「いや、電話に出なかったら勝手に切れた」
『嘘言わないでよ。二回目思いっきり速攻で切ってたじゃない』
 ちっばれたか。
「それはそうとなんなんだよ。僕は日ごろ疲れた身体を癒すべく今日はだらだら過ごす予定なんだけど」
『うぅ……なんかすごくうざがられてるし……電話しなきゃよかったかな……』
「今だって、布団の上でユウの相手して疲れてるって言うのに……」
 僕が言い終わらぬうちに鈴音がなんか慌てて怒鳴ってきた。
『けっケイ!? なにやってんの!? ふっ不潔! だから、アレほど反対したじゃない!!』
 ……電話の向こう側から凄い破壊音がするんだけど……良かった電話で。だって「バキャッ!」とか「メシャッ!」とかあの漫画でしか見た事がないような音が流れてるんだもん。
「なぁ鈴音。僕なんか変な事言ったか? 別に何も変なところなかったけど……」
 後ろでユウが「鈍感のネボケって怖いなぁ……」とか呟いてるけど何の事なんだろう。
『……はぁはぁはぁ、じゃあケイ。ちょっと聞くけど今布団の上で何してるの?』
「ん? 寝ようとしたら横にユウが割り込んで来た。眠りづらいったらありゃしない」
「ケイ、私にあんな事までして……私の全てを知ってるくせに……」
 大きな声で変なこと言うな幽霊。ってあっ、なんか地雷踏んだ臭いです。なんかもう破壊音とかしなくなって静かに激しく殺意の波動が伝わってくるんですけど……鈴音さん、あなたいつそんなもの身につけたの?
『…………ケイ。これからユウさん除霊に行くけどいいよね? 大丈夫だよね。迷惑してるっていったよね?』
「鈴音。落ち付け。迷惑してるっていったけど多分それダメ。やっちゃダメだからっ」
『ケイ、いいからユウさんと代わりなさい』
 ……鈴音って、電話ごしに除霊できたっけ……出来なかったと思うけど、今渡したら多分なんかダメだ。多分ユウの精神が壊れる……。なんか話題を微妙にそらすか。
「だからなんで鈴音がそんなに怒っているんだよ。今までの会話になんか変なところあったか? あるんだったら言ってくれよ」
 途端に向こうから「シュボッ」って感じの音がした。効果覿面? なんか慌ててるのが伝わってくる。
『えっ、だっだって、蛍がユウさんと……その、ベッドで……』
 え? そんな怪しい事僕言ったっけ? うん、朝だから鈴音寝ぼけてるのかも。そう言えば巫女さんの朝は早いって何かであったっけ。あっでも鈴音はそう言った巫女さんじゃないわけだし……。

「取り合えず、閑話休題して……何の用なの?」
 僕のその一般的かつ最も素朴な疑問に鈴音は何故か深呼吸をするという異色の反応を見せてくれた。問いに対して、深呼吸で返すなんて全く新しい返答方法だ。
「……つまり、僕に深呼吸を聞かせたいがために電話してきたって事でいいよね? じゃあ切るから……」
『あっ待って、待ってってば。えっと、……ケイさ、この間「もうやだよ。迷惑幽霊にただ飯食らわせるために料理作らなきゃいけないなんて。たまには、外食とかで思いっきり楽してみたい……金がないけど」とかぼやいてなかった?』
 うーんと、そんな事確かにぼやいてた気がする。でも、あれ結構独り言の延長だったりするもので、つまり、意味の無い願望なわけで……。
「……一応言ってたと思う」
『だからっ、だからねっ。今日一緒にお昼食べない? ほらお金とかは私が出してあげるから』
 すっごく気持ちは嬉しいけど、それしたらなんか負けな気がする。だって、アレだよ? このままいっちゃうとそのうちどんどんエスカレートしていって最終的に鈴音のヒモになりかねないような。
「うーん、気持ちは嬉しいけど……」
『違うのっ、この間の"顔剥ぎ"で私蛍に迷惑かけたでしょ? 勘違いしちゃったり、"顔剥ぎ"に協力してたり……』
 うーん、別に迷惑ってわけでもなかったんだけどな。だって、それを言うなら、僕の能力の所為で鈴音に怪我させてしまったわけだし……。でも確かに鈴音からしてみれば結構こたえる物があるのかもしれない。
『だから、昼食おごらせて……ほらっ、そういえばそんな約束もしてたしっ』
 ここまで言わせちゃったよ、僕。必死さと不安さがひしひし伝わってくる声だ。なんか自分が凄く嫌な奴な気がしてきた。うん、断わったら逆にこの先色々と不自然になっちゃうかもしれないしね。
「わかった。じゃあ何処で待ち合わせる?」
『えっ、いいの? うん、じゃあ1時間後の11時、蛍がバイトしてた店の前の噴水に来てっ』
「ん、じゃあまたあとで」
『絶対だからね?』
「わかったよ」
 凄く嬉しそうな声だった……そんなに借りを返したかったのかな。まぁ気持ちの良いもんじゃないだろうけどね、僕に借りなんて作ってたら。
「ケイッ! どういう電話だったの?」
 ……こいつも連れてくべきなんだろうか? うぅむ、なんか違う気もするし……。
「いや、なんか鈴音が僕に借りを返したいみたいで、……昼食おごってくれるらしい……」
 いきなりユウが暴れまわりやがった。まぁ、周囲二メートル外に行ってくれたから問題はないんだけど、結構幽霊っぽい動作だ。怖い? っていうか心持ち不機嫌そうに見えるんだけどなんで?
「……ケイから誘ったの?」
「今僕が話してた中に誘い文句がありましたっけ?」
「つまり、鈴音さんからって事なんだよね?」
 なに? なんでこんなに間合い詰めて神妙な顔してるの? なんか知らないけど冷たい汗が顔から出てきた。
「うん、鈴音が……」
 その途端ユウがものすごく悩み始めた。なんかユウが悩んでるのを見ると癒されるなぁ……。コレが噂の癒し系?
「うぐるるるる、うううぅ、でもな、うーん、鈴音さんにも一応……そう言う権利あるし……うぅぐぐ」
「どうでも良いけどなにそんなに悩んでいるんだ?」
「いやっ、そのっ、あのっ、ね?」
 ごめんユウ。サッパリ分からない。うぅむ、鈴音の罪滅ぼしもどきに付き合うのがそんなに変かな?
「……ケイ……わかったよ。行っても良いよ。確かに鈴音さんにもそういった機会を与えないとね……」
 なんで僕ユウに外出許可されなきゃいけないの? 本来の関係は、僕=家主>ユウ=居候、だよ? っていうか鈴音も管理下においてるんですか?
「……なんかものすごく釈然としないけど、ちょっと行ってくるよ。ユウの昼飯は……」  やばいっ。考えてなかった。どうしよう。
「良いよケイ。一食抜かしたってどうって事ないし。ってわけで鈴音さんおごられなさい……なんて私は良い人なんだろう」
 最後の一言がなかったら普通に良い奴だったはずなのに……。でもよくよく考えるとユウが食事する意味なんてほとんどないんだよね。だって、他の人達(?)は死んでからずっと食事してないわけだし……。
「でも、なんだったら一緒に行く?」
「ケイッ! 流石に私でもそれは出来ないよっ!! っていうか、少しは人の気持ち考えようよっ」
「人の生活を平気で侵害するような奴には言われたくない」
 うーん、鈴音は別にユウの事嫌いじゃないし、良いと思うんだけどな……。
「よくわかんないけどユウがそう言うんだったら僕は行ってくるけど……暇だったら陽慈に迷惑かけてもいいから」
「……ケイは浮気をされても良いの?」
「僕に恋人がいた覚えはない」
 …………自分で言って自分で傷つく言葉だ。そりゃ、僕はもてませんよ。女顔だし、背も高くないし、優しくもないし。でも、自分で言っちゃいけない台詞だよコレ。
 でもそんな沈んでいる僕に対してユウは笑顔になっている。
「そうだよねー。ケイは恋人いないもんねー。幼馴染のアヤさんも結局恋人じゃなかったしねー」
 ねえ、コレはなんかの嫌がらせですか? 自分で言ったことを反復されるとここまでつらいものだと思わなかった。反論もどきをしてみる。
「……ユウこそそういったのないの? ここら変に住んでる幽霊がどんな人達かそこまで知らないけど、そう言ったのないの? 好きな人とかいないの?」
 コレは結構効いたらしい。ユウは急に不機嫌そうな顔になって僕の事を睨んでくる。好きな人いるのかな?
「ケイ、どうでも良いけどそろそろいったら?」
 なんかわからないけど、ここで行かなかったら死亡フラグが立ちそうな予感がする。とっとと行こう。
「行ってきまーす」
「鈴音さんとノホホン楽しくしてきちゃえ、ケイの馬鹿っ」
 前半の気持ちは受け取っとくよ。



 ―――約束の時間25分前、広場の噴水にて

 やっぱ割と早くついちゃったよ。これもユウがあんな妙なオーラ出すからだ。なんかちょっとした暇つぶしできる場所とかないかな。そうだっ、客としてバイト先に行ってみるとか。アヤは今日も確かシフト入っているはずだし。うん、どんな感じなんだろう、あのお店。考えてみたら客引きぐらいしかやってないから店の中を体感した事ないんだよね。でもそんなゆっくりできる時間ってわけでも無いしな。行くのはまた今度にし様。行かない理由のもう一つは……行ったら途轍もなく先輩に会う予感がするからとかではないよ。いや、なんかね。さっき店のほうに向かう見なれた後姿があったとかそういうわけでは……あるから恐ろしいんだ。あの先輩、微妙に何処に行ってもいそうで怖いし……。
 って、向こうの方に凄い不審者が見えるんだけど。この間鈴音がこそこそ隠れていた所にやっぱりこの間の鈴音みたいな行動を取っている人がいる。不審者だなぁ……通報されないかなぁ……。手で真っ赤な顔を隠していたりするし、ずっとキョロキョロしているし、変な着物を…………でもあの髪型と体型とか凄く見覚えあるんですけど……。僕は声をかけるべきでしょうか?
 ……。
 ……僕も男だ。誘いに乗った以上、声をかけなきゃいけない……いやだなぁ。
 不審者に背後から近寄り声をかけた。
「…………鈴音、なにその格好……?」
「うぅ……だって、この間蛍が「巫女服着て出なおしてきて」って……」
 うん、確かにそう言ったけどね。でも、本当に巫女服着てくるとは思いませんでした。うーん、この間先輩が来ていたのと同じで上が白地でラインに赤が使われていて、下が赤って言う標準的な巫女服。っていうか「巫女服着ない巫女娘」はどうしたのさ!? 顔が凄く紅くて見てるこっちまで赤面しそうだよ。
「……だから……真儀瑠先輩に借りて来たんだけど…………」
 そんな消え入る様な声で言わなくても……。あっ、だから先輩がいたのか。
「で、蛍。どうかな? …………似合ってる?」
 そんな事服装とか適当な僕に聞かないで欲しい。でもな……鈴音は基本的に日本人的で肌も白くて髪も長く黒くて……なにより結構、顔が綺麗なもんだから……
「似合ってるけど?」
 その途端、鈴音はただでさえ紅い顔を更に紅くした。手とかもバタバタ動かし始める。うーん、不審者だ。っていうか、こんなに顔が紅いなんて一種の病気かな? もしかして熱があるとか? それでも僕のためにここまで出てきたのかな? だとしたら早い所家に返したいけど。
「鈴音、顔紅いけど熱? だったら家まで送るけど?」
「……いや、大丈夫、全然全然大丈夫だから。……家まで……うぅ。えっと、具合悪かったらいうから……そしたらそのとき送って」
「わかった……いつまでその格好なの? 結構距離とりたいんだけど……」
「ひどっ。私だってすぐコレ着替えるつもりだもん。うぅ……でも…………似合ってるって……どうしよう……」
 うーん、僕のようなファッションに疎い人の意見だからあんまり参考にしなくても良いのに。っていうか、早く脱いだ方が良いと思う、変な意味抜きで。
「えっと、そういえば着替えって何処でするの?」
「…………」
「……えっと、何処で着替えてきたの?」
「………………家で」
 って、家からかよっ。じゃあ先輩来た意味なし。っていうか、そんな時間なかったと思うから初めから借りてたって事? うわっ、鈴音がどんどん壊れてるよ。
 この辺りで着替えられる場所って言うと……やっぱあのファミレスに頼むしかない気がする。本来は僕、ファミレスで食べるって好きじゃないんだけどね。だって、あの値段の高さといい、なんで同年代がよくたむろうのかわからない。って先輩、ここまで読んでたんですか? だとしたら貴女本当に何者ですか? まあどうせ「帰宅部だから」としか答えないんだろうけど。
「鈴音、一応聞くけど着替えもってきてるよね?」
「それは、うん。一応ほらっ」
 鈴音はそう言って巫女には似合わない現代風で可愛らしいバッグを指差した。それじゃぁ、うん、やっぱりバイト先に行こう。
「鈴音、バイト先でいい? ファミレスだから、ゆったり出来るだろうし、なにより着替えられるし」
「いっいいよっ、ファミレスで。うん、……確かにゆっくり話すんだったらファミレスだよねっ」
 なんか変な意味に捕らえられた気がするけどまあいいか。
「じゃあ鈴音行こ」
「そっそうだね………………うわっ」
 そう言ってファミレスに向かって歩き始めたらすぐに鈴音が転んだ。巫女服になれてないから裾を踏んだっぽい。……巫女の癖に巫女服になれてないとは……。
 煉瓦造りの床にうつ伏せに倒れた巫女に手を差し出す。
「ほらっ、掴まれよ」
「……うっうん」
 鈴音は僕の手に掴まって起きあがる。顔がやっぱりまだ紅いままだ。っていうか、僕体力無くなってる事を少し実感。鈴音を起きあがらせる腕力が……。
「あっありがと、蛍」
「……ねぇ鈴音、ちょっと太った?」
 ちょっと正直な僕。でも、鈴音がビキッっと顔に四つ角を作る。
「蛍、言ってはいけないこととかそう言ったもの知らなかった?」
「……ごめん」
「なら良し」
 良かった。いつもの鈴音だ。鈴音があんなに赤面してると僕もなんか少し照れて話しづらくなっちゃうからね。だからうん、コレでいいや。だって、別に僕にも鈴音にも照れる要因なんて無いんだからさ。




 正直、巫女服を連れて町を歩くのはかなり恥ずかしい物があった。だって、周りの人の目線が痛い。大体の人が一瞬驚いた顔をして、その後になにかを理解した顔になるのがとてつもなくイヤだ。同年代っぽい人達はなるべく避ける様にしたし、鈴音もやっぱりずっと顔を伏せたままだった。「あれって、彼氏の趣味なのかな……?」とかいう声がたまに聞こえたりするけどそれはもう気にしない。気にしたら負けだ。っていうか鈴音、僕の事も考えて行動して欲しかった。
 そんな羞恥に耐えながら歩くと、もう見なれてしまった入り口があった。……ウェイトレスが売りのファミレスに女連れで入るのって何かマズイかな、とか思うけどきっと大丈夫だ。
 入り口をくぐる。

「いらっしゃいませー、って式見君じゃん」
 目の前にフリフリの衣装を着た女の子。髪を両側で括っているんだけど……名前は確か……吉水さん。そこまで深く関わらなかったけど名前はしっかり覚えられていた模様。微妙にあいつに名前が似ているのがイヤだ。……ていうかこの光景下手に知り合いに見られたくない光景だった。うーん、なんかひきつった笑顔しているな。背後の巫女服に気づいたんだろう。……死にてぇ。
 取り合えず、吉水さんは席を案内してくれた。
「では御席はこちらになりまーす……ねぇ、今アヤはちょっと引っ込んでるけど呼んでくる? その子彼女? アヤはその人知ってるの?」
 小声で囁いてくるのはちょっとイヤなものがあったけど僕はそれを無言の笑みで返した。どう考えたか知らないけど、吉水さんは「うわーうわーうわー」といいながら、席についた僕にメニューを押し付け、一回何処かに消えてテーブルに水をダンっと置いて、また何処かに消えてしまった。慌ただしい人だったんだな……。
 その様子を終始微妙な顔で見ていた鈴音が口を開く。
「蛍、今の人って誰?」
「バイトで少し挨拶交わした程度の人だけど」
「ウソ、結構仲良さそうな雰囲気出てたもん」
「あの人誰に対してもあんな感じなんだよ、確か。っていうか、それ早く着替えてきなよ」
「……わかったけど……」
 すごすごとバッグを抱えてトイレに向かって行く鈴音。トイレの中で着替える時は細心の注意を払いましょう。失敗するとトンでもないことに。ただ、ここのトイレは綺麗だから別に大丈夫か。
 それはそうと、なんで僕今鈴音に対して言い訳みたいな言動したいたんだろう。別に、僕が誰と仲良くなっても鈴音との関係に何かあるわけじゃないと思うんだけど。うーん、僕は鈴音に何を思われたくなかったのかな……?
「さてと、後輩。巫女娘の巫女服はどうだった?」
 ……いや、すいません。予想はしていました。多分居るって分かっていました。でも、もしかしたらって思ったんだよ……。僕は嘆息しながら振りかえる。
 やっぱりというかなんというか……先輩がそこに居た。いつも通り、不敵な笑みを浮かべてこちらに微妙に似合っていやがるウインクまでする。
「昨日、巫女娘に巫女服貸せとせがまれてな。それで貸してみたんだが……やはりこうなったか。巫女娘め、巫女服着ないとあれほど公言しながらも結構似合ってたじゃないか」
「貴女本当に何者ですか? 予言者ですか? 先読みですか?」
「帰宅部だ」
 予想的中です。もはや、突っ込みません。
 先輩は気をよくしたのか、更に言葉を続ける。
「それで、パターン的に次の巫女服は幽霊娘か? いや、ここはあえて幼馴染か?」
「陽慈に巫女服なんて先輩もユーモアのセンスがありますね」
 思わず二人の巫女服を想像してしまったので、取り合えず陽慈を生け贄に捧げた。僕の中で陽慈は生け贄要因のような、そう言うポジションだからね。ていうか、アヤもユウも巫女服が微妙に様になってるし……。
「それはそうと後輩から見てどうだ? 私と巫女娘どちらの方が巫女服が似合ってた? どちらの方が境内で箒を掃いていそうだ?」
 ……だからそんな事僕に聞かないで下さい。そりゃ先輩は美人だからなにきても似合うだろうけどさ。でもなぁ、僕の中では巫女服とか着ていて、一番゛可愛い゛っておもうのは、先輩でも、ユウでもなく、アヤも違って、鈴音なんだよなぁ。何でだろ? ……やっぱ、巫女という種の為せる業? っていうか、先輩が「世のため人のため神様のため」って感じに行動するのはなんか全然似合っていない。
「先輩、鈴音がどうとか言う問題じゃなく先輩が境内で箒片手に「今日も1日爽やかだなぁ」とか言っているのを想像して、思わずエクソシストを見た時の気持ちになりました。えぇ、比較がちょっと難しかったです」
「……後輩、ユーモアついでに面白い考えがあるんだが……」
 先輩がなんか微妙に怒っている様だ。うぅむ、何故だ。っていうかそんなに笑顔だとイヤな予感しかしないんですけど。
「えっと……なんですか?」
「後輩、お前もまだ巫女服着てないよな? 後輩というよりむしろ、『ケイコさん』と言った方が良いのかな? 『ケイコさん』は巫女服似合うかなぁ?」
 凄くニヤリ、って音がするよ。凄く歪に笑ってるよこの人。多分、次に僕が何かしたら本当に巫女服着せて陽慈の前に出す気だ。鬼ですか? ……多分陽慈のことだから全然気付かないで、ケイコさんにアタックするだろう。……考え得る中でけっこう最悪に近い悪夢だ。死にてぇ。
「すいませんでした先輩。これからも宜しくお願いします」
「そうそう、素直になれば良いんだ。人間素直が一番だからな」
 この先輩の定義と比べると、僕は素直という言葉を勘違いしてたのかもしれない。
「…………さて、巫女娘が来ると少しややこしい展開になりそうだから行くとするか」
 って先輩なんのためにきたんですか? ただ、この会話をするがために? うわあ、やっぱりこの先輩は無駄に行動力がある。
「ですね。では御疲れ様でした」
 カッコ僕が。
「そうだ、疲れたぞ。なんせ朝起きてすぐ巫女娘に巫女服を渡しその足でここまで来たのだからな。後輩、健闘を祈る」
「…………はい」
 先輩は颯爽と立ち去っていく。代金は……払ってないような……? もしかして顔パスになってるとか? あの先輩本当に何者だ!? あの人については考えれば考えるほどわけがわからなくなる傾向にあるなぁ。

「おまたせ、蛍」
 トイレから戻ってきた鈴音は巫女服とは全く違った物を着ていた。思わず見入ってしまう。白いひらひらしたワンピースの上に黒い薄めの服(名称はあるんだろうけど僕には分からない)を羽織っている。……すっごく、気合いが入っている。芸能界いりを賭けた最終オーディションでも受ける気ですか? まさか、僕と会うためだけにこんな服着てくるわけないし。
「なにか……変かな?」
 そんな質問は、正直卑怯だと思うね。だって、現に似合っていて、その……すこし、なんかイヤな表現だけど、"可愛い"から。
「変じゃないんじゃない? っとそれよりも、メニュー見て何を食べるか決めよう」
「うぅ、流す事ないじゃない……」
「僕は取り合えず……スープチャーハンかな」
「そんなのないよっ、普通に頼もうよ」
「じゃぁ、このガーリックトースト」
「もっと高いの頼もうよ」
「……ライス(大盛)」
「大盛でごまかそうとしても無駄だよっ。むしろ安いよっ、ていうか、普通におごらせてよ、ね?」
 思ってたことだけど、鈴音におごられるのはなんかいやなんだ。別に嫌いとかってわけじゃなくて、女のこにおごってもらうって言うのはもう男としてダメダメ街道一直線と言うか。電話ごしに承諾したんだけど、やっぱ僕としてはすごく抵抗がある。でもそれじゃあ鈴音の気持ちがすまないって言うわけだし……。
「……あっさりカルボナーラ」
 この店で割とオススメしている、定価が安いけどボリュームがあるというファミレスらしからぬメニューだ。これなら文句もないだろう。
「うー……、じゃぁ、私は、バタバタイタリアンって奴を……」
 その言葉を聞いて僕はブザーを押す。
 …………?
 こう言ったのって割と早く来るはずなんだけどな。なんで来ないんだろ? 客もそんなにいないし。中で何かあったのかな?
「蛍、ブザーおしたの?」
「押したはずなんだけど……今もう一回押してみた」
 バタバタした感じでアヤが現れる。バタバタイタリアンに合わせてるのだろうか。んー、なんか髪のリボンとかそういった細かい所が今日は微妙に気合いが入ってるなぁ。何かこの後に用事でもあるのかな? 彼氏は居ないっていってたけど、どうなんだろうね?
 アヤは僕たちのテーブルに来て、変な機械を出しながら尋ねる。
「御客様、御注文はなんでしょう?」
 その言葉に鈴音が対応する。
「ええっと、あっさりカルボナーラとバタバタイタリアンを……」
 アヤはその言葉を聞き、機械を何か操作した。その一連の動作が終わったら僕を正面に置き話し掛けてきた。
「で、式見君。このコは誰なのかな?」
「えっと、僕と……」
 僕の言葉を鈴音がかき消した。
「一応聞いておきたいんですけど、貴方は誰ですか?」
「私は篠倉綾です。『式見君』とは幼馴染っていうものをやっていました。コレからもヨロシクお願いしますね」
「私は『蛍』と一緒の学校に通っている神無 鈴音って言います。以後お見知りおきを」
 あの……二人ともものすごく笑顔で微笑みあっているんだけど……何故か凄く冷や汗が吹き出て止まらないよ? 二人とも変なオーラを出している。何? 何か確執でもあったっけ? ……ダメだ、この二人結局全然接点ないまま終わったんだっけ。唯一の接点は僕だけど、でも、僕が二人になにかした覚えもないし……。
「えっと……アヤ、注文届けなくていいの……?」
「……うん、そうだね。ここは一旦引くよ、また後で」
 一旦ってまた何かする気? 先行きが結構危ぶまれる。アヤはもう厨房の方に引っ込んじゃっている。
 鈴音が口を重々しく開く。
「ねぇ、『蛍』」
「はっはい?」
「『蛍』」
 今度は僕の名前を少し嬉しそうに呼ぶ。
「人の名前を何回も呼んで何?」
「ちょっと確認したかっただけよ。……アヤさんって恋人とか居るのかなぁ? ほっほら、そう言ったの知っときたいじゃない。別に蛍がどうとか言うわけじゃなく……」
 なんでそんなところ気になるんだろ? 別にそんな事関係ないと思うのに。
「えっと、少なくとも僕がバイトをやっている間にはいなかったっぽいね。居たとしても僕は知らない」
 その言葉に鈴音は何故か明るくなる。なんだろこの反応。鈴音って「彼氏できたら友達やめる」とか言うようなタイプじゃないと思うんだけどな。
 鈴音はその後何かいやなことでも思い出したかのように一瞬固まって真剣な顔で僕に尋ねる。
「そういえば……霊体物質化能力は全然変わりはない? 大丈夫? 例えば……範囲が大きくなっているとか……?」
 その言葉に僕は朝の出来事を思い出す。確か布団から棚までの距離は……3メートル強。腕を伸ばして1メートル縮めたとしても…………二メートル強。それは僕の能力の範囲が、大きくなっている証拠に他ならない。もし仮に僕の能力の範囲が大きくなっているとしたらどう言う事なのだろう? 何が僕の能力を大きくした? いや、考えるべきはそれだけじゃない。一番の問題は、……この能力の範囲が何処まで広がるかだ。範囲が半無制限ならば……。
「なぁ、鈴音、それって……」
「ハイっ式見君と、『式見君と一緒の学校に通っている』神無鈴音さん。御注文の品物です」
 僕の声はとげのあるアヤの声に打ち消された。アヤは僕の顔を覗きこむ。何か微妙に怒っていらっしゃっているようで、いつもの笑顔が何処となく怖い。
「ええ、ありがとうございます。『蛍』の『昔の友達』の篠倉綾さん」
 ビキッ、と空間の歪む音。何処だ? 悪霊が居るぞ。それも"中に居る"クラスの。えーっと、何処だろう……現実逃避って虚しいね。初めに出された水を啜る。
「そうだ、前聞いたんだけど式見君っていま恋人とかいないんだよね? これってデートじゃないの?」
 変な質問されたから、水が肺に入って咽た。結構苦しいし。
「げっげほ、そんなんじゃないよ。この間ちょっと色々あってそれの精算って所」
 僕は普通に答えたつもりなんだけど鈴音が何か落ちこんでいる。うーん? なんでだろう。鈴音もそう言ったはずなのに。
「そうなんだー、えへへ。御注文は以上?」
 アヤがはにかむ様に笑ってる。その笑顔に僕も少し笑顔になる。アヤはやっぱり心からの笑顔で居てくれるのが一番いい。
「そういえば飲み物を頼んでなかったから……僕は……鈴音と同じの」
「…………アイスティー」
「アイスティー二つね。じゃぁごゆっくり」
 アヤが去った瞬間、空気が重くなった。……僕の向かい側の席に居る人が押し黙っている。うぁぁ、僕何かしましたっけ? アヤと少し話しただけなのに、なんでこうなってるの?
「蛍」
「はい」
「本当にあの人彼氏居ないの?」
「多分」
「あの人と恋人じゃないの?」
 …………いきなり会話が飛んだ。ごめん鈴音。その質問の意図がわからない。僕が黙っていると鈴音の頬はどんどん赤みを帯びていく。さっき言った質問がいかに変だったか自分で気付いたのだろうか? でも、黙ってこっちを見ているところを見ると僕の解答を待っているらしい。正直に答えるか。
「別にそんなんじゃないよ。本当にただの幼馴染。それに、アヤと僕では全然つりあわないよ。ほら、アヤって結構モテそうじゃん」
「じゃぁ、蛍はつりあってたら付き合ったりしたいんだ……」
 えっと? なんでそう言う風になるんだろ? 今日の鈴音はいつもよりなんか扱いが難しいぞ。
「……別にそう言うわけでもないよ。それよりも鈴音、なんだかんだ言ってやっぱり僕の事が気になるの?」
 鈴音の赤面度がMAXに達する。
「なっ何言ってるの、蛍? そんな訳ないじゃん……ってわけでもなく、なけれ、なきにしもあらず……」
「ごめん鈴音。よく分からないけど、僕が悪かった」
 こんなに壊れてしまうとは。いつも通り軽く冗談を言ったんだけどな。確かに妙な冗談だったかもしれないけどね。
 僕は取り合えずあっさりカルボナーラを食べ始める。ベーコンもタマゴもパスタもしっかりしててうまいね。隠し味は……醤油かな? 今度僕も作ってみようかな。カロリーも結構あるし。僕に習って鈴音もバタバタイタリアンを食べ始める。バタバタイタリアンは挽き肉の詰まったラビオリにトマトソース、バジル、ガーリック、ナス等を絡めた代物に見える。行儀が悪いけど、ちょっと一口欲しいかも。
「鈴音、それ一口もらっていい?」
「いいよ。えっと……あーん?」
「しねぇよ。そんなに真っ赤になるんだったら言うな」
「うぅ……」
「ほら、僕のも上げるから、等価交換って事で」
 ラビオリを三つフォークで貫いてトマトソースに絡める。……やっぱ美味しいね。ここのシェフ実はイタリアに修行に行ったとか聞いた事もあるし。……でも確か自分で改行する事が出来ずに今ここに勤めてるんだっけ。色んな所に不憫な人がいるなぁ……陽慈とか陽慈とか陽慈とか。
「これ、美味しいよ」
 鈴音がカルボナーラを食べて喜んでいる。やっぱ、あれだよね。よく分からない理由で怒っているよりも単純な理由で喜んでいる人を、……鈴音を見たほうが精神衛生に良いってコトだよね。
「それは良かった。ってわけで早く返せ、っおい、取り過ぎだよそれっ」
「あはは、どうせ私が払うんだしー」
「それを言われたら言い返せない……良いよ、好きなだけもっていけよ」
 その言葉に鈴音は慌てる。いや、慌てる所おかしいよ。自分でいったんだし。
「いや、ごめんね。これは恩返しなんだからちゃんとしないとね」
「……さっきの言葉で傷ついた」
「うぅ、ごめんってば。じゃあ何か好きな物頼んで良いよ」
「……鈴音の身体」
 鈴音の赤面度がMAX値を越えた!
「いや、そのっ、そんなのっ、えっと、ちゃんと段階を踏んでからって言うか、ムードが大切とかっ、とっとにかく蛍のばかぁ!!」
 一瞬でバタバタイタリアンを食い終わった鈴音はトイレに走りこんだ。周囲の客がこっちを注目している。……はぁ。僕は黙って、あっさりカルボナーラを食べ終える。
「……若いって良いね、式見君」
「吉水さん、そんな先輩みたいな台詞やめてください」
「いや、あれだよ? 私こう見えて結構、摩儀瑠先輩の事そんけーしてるからねっ。あの人凄くカッコイイし、キレイだし、人間的魅力に満ち溢れてるしっ。だからあの人がここで食べる分には私の給料から天引きしてもらってるんだよ。それが私の忠誠心? もし摩儀瑠先輩の踏絵でもさせられたらきっと私『よくも私に彼女を破壊させたな?』とか言っちゃいそうだしっ。あぁっ愛しのお姉様っ」
 キャーキャー言いながら頬に手を当てる吉水さん。先輩、貴女むやみやたらに人望あり過ぎです。むしろDeath。っていうか、貴女みたいな人が居るから先輩が更につけあがっちゃうんだ。なんかこのままだと、先輩の悪口になっちゃいそうだ。流石に先輩も心の中までは読みきれないだろうけど何があるか判らないから気持ち切り替え。
「で、なんですか?」
「うわー、その態度ひどいよ。用はね青春している貴方達に後で私からのプ・レ・ゼ・ン・ト♪ があるってこと」
 吉水さんはこういった動作が妙に似合っている分、やった時先輩より効果がある。背筋がブルブルっとね。
「じゃぁ出直してきてください。なんか知りませんけどここの従業員と喋っていると鈴音の機嫌悪くなる傾向があるんで……」
「…………式見君、その意味がわかってないなら貴方が一番タチ悪いよ」
「バイトのクセに客に口答えしないで下さい」
「これだから式見君は……女心がなぁ……」
 吉水さんはブツブツ呟きながら他の客に注文を取りにいった。……あの人、先輩と似たタイプだ。むやみやたらに人を疲れさせる。こうして僕は一人で席に着いているわけなんだけど、……鈴音が置いてったバッグのはしから微妙に巫女服が見えていて「これをさっきまで鈴音は着ていたんだなぁ」とか別に考えてないよ?
 それにしても、こうして一人で居るとやっぱりひしひしと感じる、この世界の淀みを。例えば、こうして窓から外を見通すだけでも、平気で地面にガムを吐く少年、子供が泣いていても平気で携帯を弄くっている母親らしき人、老人にぶつかっても何も言わない青年、すれ違う人を平気で指差している女子高生達、……それを見てもなにしない僕を含めた人達。なんでみんなこんなにも淀んでいるのに平気なんだろう? たまに幽霊の方がまだマシだ、とさえ考えてしまう。そしてそんな自分を淀んでいると思う。だから、こんな時僕の周りにいる迷惑なくせにむやみやたらに明るい幽霊を見たり、真っ直ぐ真っ直ぐ育った幼馴染を見たり、
「蛍、ごめん。いきなり行っちゃって」
 ……鈴音を見たりすると、本当に眩しいんだ。
「いや……どう考えても僕が悪いと思う」
 割と、落ちついた鈴音を見て、気分切り替え。
「それはそうと、アイスティーまだ届かないね、アヤさんちゃんと注文受け取ったのかな?」
「ちゃんとアヤは届けたと思う……なんかしたとしたら、あの変な従業員さんだけだとおもう」
「……やっぱ仲良さそうだし……」
「だからさ、別にさ、普通の人だって……」
「だってさぁ、蛍基本的にそう言ったの……無自覚っていうか……」
「ごめんよくわからない」
「あぁーー、もういいのっ蛍はっ……」
 何が良いのさ? そう言われると気になっちゃうじゃないか。りっ鈴音のばかぁ……って一人で思っていても微妙だね。
「御取り込み中申し訳アリマセーン、おまたせいたしました。当店名物の『うっかりアイスティー』です!!」
 吉水さん、なんでそんなに笑顔なのさ。っていうか、その手にかまえているものは何さ? 僕たち確か「アイスティー二つ」しか頼んでないはずだよ? なんで大きなグラスにストローが二つ刺さっているのさ?
「『うっかりアイスティー』の説明は不用ですね? ではごゆっくりー」
「オイコラ待て」
「えっと、なに式見君? 口調変わってるよ?」
「……<吉水さん、貴方は何がしたいのかしら♪>」
「その口調はむしろ戻ってないよっ。っていうか式見君、取り合えず握りこぶしはやめてね? 流石にちょっと怖いから」
「<誰がこんな事させているのかしら? って言うかお前が『うっかり』してるよ>」
「口調がわけわかんないし…………アディオス」
 逃げやがった。あのウェトレス反応しづらいネタを放置して消えやがった。理不尽だ。あの人、先輩の迷惑さを体現してやがる。……死にてぇ。
「けっ蛍、これってその……えっと……?」
 鈴音はやっぱり顔が紅くなって慌ててる。っていうか、今日鈴音赤面多いよ。それよりも、このネタは流石に僕もどうしようか迷う。
「んーと、水が入ってるコップに分ける? ……ってコップがない!?」
 あのウェトレス、微妙な所で徹底してやがる。今日暑いから僕も飲み物は欲しいし……。どうせ北の方出身は暑さに弱いですよ。
「蛍……飲む?」
「鈴音は……?」
「私は……別に良いよ、今日は蛍に恩を返す日だしねっ」
 そう言って微笑む鈴音はさっきからとても喉が乾いている動作をしていたんだ。これだから……鈴音は……。
「鈴音、飲みなよ。僕は別に喉乾いてないし」
「嘘でしょ。だって蛍さっきから飲み物飲みたそうだったもん」
「鈴音だって喉乾いてる動作してたじゃないか」
「そっそんなコトないよっ。蛍ったら見る目ないなぁ」
 しょうがない。もうこうなったら……。
「鈴音これ一緒に飲もう」
「は?」
「だから、これ一緒に飲もうって」
「えぇ!」
 そんなに驚かないで欲しい。僕だって言うの恥ずかしいんだぞ。
「でっでも、蛍いいの?」
「むしろ鈴音こそいいの?」
「わっ私はそのっしょうがないからいいんじゃないかなっ、とか、アヤさん見てたりするんじゃないかなっ、とか思っていたりいなかったり」
「どっちなんだよ」
「……じゃぁ、飲もっか……?」
 そんな疑問形で言われたら僕としても困る物はあるんだけどさ。でも、仕方がないだろう? コレ以上鈴音に金銭面で迷惑かけたくないわけだし。
「……うん」
 微妙に僕も返事を返すのに緊張してしまった。だから、こんなの配るなって吉水さん。
「…………」
 むっ無言が痛い……。その上目づかいは僕から飲めって事ですか? くっ、なんだこの圧力。鈴音と僕の関係性から言えば明らかに僕の方が優位に立ってないといけないのに。鈴音が理不尽だ。僕より優位に立とうとしている。
「……えぇっと、僕から飲むと言うことでいいの?」
「そっそうしてくれると嬉しいかな?」
「なんで疑問形なんだよ」
「いやっ、ほらっなんて言うの? これってその、二つストローがあるから一緒に飲むほうが良いんじゃないかなって……?」
 鈴音。君まで毒されないでくれ。だって、それは流石に無しだろう? うん。やっぱり僕から飲もう。
「鈴音、先に飲むから」
 言い終わるや否や僕はストロ−で中に入っている液体を吸い込んだ。くっ、このストロー微妙に細くって飲みづらいよ。これは少しでもこの恥ずかしい時間を長引かせるための工夫だとしか思えない。……可愛い顔したウェトレスって殴らせないための仕様なのでしょうか? 肺活量がそこまでない僕は苦労して大体半分を飲み終わって鈴音に渡す。鈴音は顔を紅くして手をバタバタしたり、何もないところに突っ込んだり、かと思ったら僕の顔を見て何か言いそうになって思いとどまったり、
「……関わり合いになりたくない人だなぁ……」
 と思わず呟いちゃうけど鈴音は気付いていないみたいだ。
「ではっ、……ユウさんごめんなさい、アヤさんごめんなさい、先輩ごめんなさい」
 何か小さく鈴音が呟いてるけど何を言ってるんだろう? 鈴音は呟きながらアイスティーを飲むという荒業を成し遂げていた。巫女すげぇ。コップの中身がなかなか空にならないな、とか僕が思いながら辺りを見まわすと……居た。こちらを覗いているウェトレスが二人。一人は何やらちょっと安心したような顔をしている、アヤだ。もう一人は凄く残念そうな顔をしてこっちを見ている。……ダメだ。これ以上は僕の限界だ。鈴音がアイスティーを飲みきるのを見届けて僕は提案する。
「鈴音出よう」
「えっ? ここでもうちょっとゆっくりしてかない?」
「イ ヤ だ。とにかく出よう。ゆっくりしたいんだったらここ出てどっか話せるところあると思うから」
「うっうん?」
 僕は鈴音の手を取り、出口に向かう。
「えっちょっと、えっ?」
「ごめん、支払いは任せた」
「わ、わかったけど、さ」
 少し情けないけど支払いを鈴音に済ましてもらい(もちろん会計に居たのはあの二人のウェトレスとは別物だ)、外に出る。
 外に出た途端に残暑のじっとりくる熱が僕たちを襲う。取り合えず何処か良いところないかなぁ? そうだ、この間僕が「シノクラアヤ」をやっている時に鈴音と歩いた道に確か公園があった。そこにしようかな? ……割と思い出したくない思い出だけど。
「蛍、食事ってはなしだったけど、この後もちょっと時間いい?」
「っていうかそういう話だったじゃん、鈴音」
「そっそうだよね」
「そうそう、この間僕達が歩いていた時丁度いい公園があったからそこで話さない?」
「そうだね。そうしよっか」
 そういうわけで、僕と鈴音はその公園に向かったわけなんだけどさ。僕たちちょっと失念していて……あの時どっちも混乱状態で度の道を通ってきたのか全然覚えてなかった。つまり、いま少し道に迷ってしまってるんだ。


「蛍、やっぱこっちの道だと思うな」
「鈴音、あの時鈴音だって慌ててたろ? ……僕を襲うくらい」
「それはいわないでよっ、でもやっぱりこっちだよ、ほらっ、あそこになんか見えるもん」
「……確かに公園だけどさ、絶対に前のところと場所違うぞ」
「まぁ、とにかく公園見つかったから話そっ、あそこのベンチでさ」
「良いんだけどね……」
 僕たちが見つけた公園はなんというか、住宅街の真ん中に位置していて子供達がよく遊びそうな所だった。外縁を少し背の高い樹が覆っていて見ているだけでも目に良さそう。ベンチは樹の下にあって、暑い昼間の日差しをさえぎってくれている。
「なんかちょうどいいよね」
「そうだね」
 僕がベンチに座ってその横に鈴音が座る。プラスチックのベンチが少し軋む音。
「鈴音、やっぱ太った?」
「違うよっ」
「そういえば、ユウはアレだけ食べても太らないんだろうなぁ」
「すっごく羨ましいよね、女として」
「そもそもそんなに食べなきゃいい問題のような」
「蛍にはわからないよっ」
 鈴音が手を振り回しての主張。確かに僕にはそんなに食べる意味が分からない。というか、そんな余裕がない現状。
「ふーん」
「うわっ、あっさり流さないでよっ」
「別にどうでも良いし」
「どうでもよくなんかないって」

 ……。
 そんな感じでどんどん時間が過ぎていった。下らない事とかとりとめもない事とかいっぱい話していたら、いつのまにか真上にあった太陽は僕たちを真正面からオレンジに染めていた。その光景に見とれて鈴音も僕も口を利けなかった。でも、全然居心地が悪くなくって、むしろ心地よかった。
 さて、このままだとずっとこのままここに居そうだなぁ、なにか話そうかな? そう思うと、鈴音もそう思ったみたいで鈴音が口を開く。
「ねぇ蛍……」
「何?」
「蛍ってさ、…………ファーストキスってまだ?」
 は? 何聞いてるんだよ? っていうか、文脈無し?
「……まだだよ」
 言っててなんかなぁ……。
「じゃあさ、…………ファーストキスの練習する?」
 え? 練習したらファーストじゃないよ、それ。って鈴音夕日で全然気がつかなかったけど凄く赤面してるし。真顔でそんな事言われたら、なんて言うか……。
「鈴音、それさ……」
 鈴音は僕の答えを聞かないで目を閉じた。クソっ。どうすればいいって言うんだよ。こんな状況初めてで少し所じゃなく混乱中だ。ただ、僕の前にある鈴音の顔が夕日に染まっていて、今まで出会ったどんな人よりも綺麗に可愛く思えて、自然と僕の顔が鈴音の顔に近づいていって。
 鈴音の睫毛が僕に触れて―――。









「ケイのバカぁ、こんな遅くまで何やってたの? って何? 無反応?」
 夜、家に帰ってきた僕にユウが色々言ってきたけどよくわからなかった。
「ごめん、風呂」
 ユウから逃げる様にして僕は風呂に入る。
 服を脱ぎながら今日の事を振り返ってみた。
 でも、やっぱり最終的には鈴音の事しか思い浮かばなくなってきてしまう。すっごく微妙な感じだ。
 色々な感情が胸の中で暴れていて、それを言葉に出してみたいんだけど上手く見当たらなくって何度も何度も迷って、よくわからない気持ちの代わりに今日初めての言葉を口にする。

「はぁ……死にてぇ」



あとがき

 え〜っと、「Side-A」です……。「Side-B」が密接に関わってるってわけじゃないんで、そっちには期待しないで下さい。作者が暇だったら書きます。というか、書きたいけど時間が……。ふむ、凝れ書き終わった時には風邪で寝こんでいましたとかそう言うことは修羅場自慢になるんで、一切この後書きの場に書かないようにしないとなぁ……。
 さて、解説無しです。そのままですw 楽しんでもらえたら光栄です。
 というわけで、「いつかまた何処かで。」


公開:2006/06/10

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