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その風はまだ優しくて
著者:ルーラー

 僕――式見 蛍(しきみ けい)はその日、珍しいことにひとりで散歩していた。
 いや、考えてみれば、本当に珍しいなぁ、ひとりで散歩なんて。最近、必ずユウや傘(さん)と一緒にいたから、ひとりで外を出歩く機会なんて皆無といってよかったし。

 そんなことをボンヤリと思いながら、ただ僕は歩いていた。なんの目的もなく歩いていた。
 それでもその散歩中に、その駄菓子屋にわざわざ入ってみたのは、やっぱりなにか、予感があったからなのかもしれない――。


 太陽の発する熱から逃れるように入った、ちょっと薄暗いその店内からは、もちろんのこと『いらっしゃい』なんて言葉はなくて。僕もまた、無言でその奥へと入っていった。

 しばし、なにを買おうか、いや、そもそも買おうかどうしようかと、10円とか30円、高くても100円くらいの駄菓子たちを見るともなしに見ながらボンヤリと悩む僕。
 駄菓子屋で一番楽しい時間って、この悩んでいる時間なんじゃないかなって、僕は思う。そりゃあ、買って食べるときももちろん幸せだと思うけれど、やっぱりこのなにを買うか迷っている時間が、その楽しさが駄菓子屋で駄菓子を買う際の醍醐味(だいごみ)だろう。

 だから僕は一見無駄にも見えるその時間を、店内の涼しい空気を、ただただ満喫していた。たゆたうような時間のなか、しかし無駄な時間を過ごしているとは思わずに、のんびりと駄菓子を物色してまわっていた。

 店の中に僕以外の人間がいるのに気がついたのは、そのときだった。ちょっと目を見開いた僕に、声がかけられる。

「あれー? 式見君、今日は独りー?」

 それは見知った人間の、見知った声。先に顔を見ていたのだから、それほど驚きはなかったけれど……。

「アヤじゃないか。――って、いまの『ひとり』の発音、なにか違うように聞こえたんだけど、僕の気のせいか?」

「あははー。もちろん気のせいだよー。もし『独り』って聞こえたんなら、それは式見君の耳の異常だよー。確実に」

 長い髪と両手の買い物袋を揺らしながら、こちらに歩いてくる僕と同年齢の少女――篠倉 綾(しのくら あや)。普段僕の周りにいるメンバーに比べればかなり一般的な女の子ではあるのだけれど、それでも僕の周囲にいる女の子である以上、完全に一般的な人間かと問われると……、そうでもない。
 まあ、とりあえず常識的なヤツではあるので、僕はその一点で満足してしまっているのだけれど。

「それで、式見君は今日、独り?」

「……まあね。ちょっとひとりで散歩。――アヤは?」

「うん? 私もひとりだよー? ちなみに同じく散歩中」

「そっか、アヤもなんだ。……というか、いま明らかに『独り』の発音違ってたよね? ねえ、違ってたよね?」

「あははー。だからそれは式見君の耳の異常だよー。あるいはそれを処理する脳の異常?」

 前言撤回。やっぱり満足はしちゃいけないような気がした。……ああ、僕に『普通』の女の子が絡んでくるイベントは生涯ないのですか、神様。もしかして僕、過ぎた幸福を望んでますか?

「なるほど。僕の脳に異常があるんだとすれば、きっといまのは幻聴だったんだろう」

「そうそう」

「そして『いま目の前にいるアヤ』もまた、僕の脳の異常が生み出した幻覚なわけだな。さて、そんなわけでお菓子選びに戻るとしよう」

 一息にそう言って、目の前の『幻覚のアヤ』に背を向ける僕。アヤは取り繕うように、

「わー、ウソウソー。式見君の脳は正常だよー。ついでに一週間前の晩ご飯も思い出せるくらいに若々しいよー」

 アヤのほうに顔だけ向けて、訊き返してみる僕。ノれる会話にはノる主義なものだから。

「若々しいって、何歳ぐらい?」

「う〜んと、5歳ぐらい?」

「僕は『はじめてのお使い』に来た子供か……」

「でも式見君、普段は老人並みに枯れてるから、割とバランスとれてるかも――」

「さようなら、幻覚アヤ」

「また幻覚にされた! 式見君、いまの別にけなしたわけじゃないから! ……たぶん」

「おかしいな。けなされた記憶しか存在しないぞ。僕の中には」

「それは式見君の記憶領域の異常だよー」

 ……話していて楽しくはあるのだけれど、これでは一向に話が進まない。僕としては彼女の持っているもので気になることがひとつあったりするのだけれど。仕方なく僕は彼女に身体ごと向き直った。

「それはそれとして、幻覚アヤ」

「え、私の存在、幻覚に決定?」

「その両手に提げた袋は一体なんなんだ? 僕が見たところレモン飴が大量に入っているようなんだが……」

 アヤが提げているのは小さめの袋ではあるのだけれど、レモン飴はひとつひとつがかなり小さなものであることもまた事実で。その総数は軽く20や30を超えている気がした。まあ、ちょっと見ただけの印象なんだけどさ。でも、あの量はやっぱりかなりのものだと思う。
 彼女は僕の訝しむ視線を受けて、袋の中身をこちらに見せてきた。

「さっすが式見君、大正解!」

 あまり正解したくもなかったな……。

「賞品として式見君にはレモン飴を一個差し上げま〜す。きゃー、やったね! 式見君、大ラッキー!」

 ……いや、僕としてはあまり幸運には感じられないかな、悪いけど……。そんな僕の思考を読み取れるはずもなく、アヤは袋の中からレモン飴の包みをひとつ出し、僕に手渡してくる。……まあ、嫌いなものじゃないし、ありがたく受け取っておこう。

「ところでさ。結局いくつ買ったの? レモン飴?」

 もらったレモン飴を口に含みつつ、同じくレモン飴を口の中に放り込んだアヤに問う。

「ん? 100個ー」

 ぷっとレモン飴が口から飛び出そうになった。ひゃ……、100個……?

「一個10円だから全部で1000円だよー。安いでしょー?」

 ……うん。いや、確かに安いんだけどね。それでもレモン飴ばかり100個も買うのはどうかと……。

「式見君も買っていく? レモン飴。 一個10円だよ。1000個買っても一万円だよー」

「いや、遠慮しておくよ。……というか、まだ売り場に残ってるの? レモン飴」

 てっきり僕はアヤが買い占めたものだとばかり……。

「うん。まだたくさん残ってるよー。ざっと200個ほど」

「そんなに!? この駄菓子屋、物の仕入れ方間違ってない? いや、間違ってるって、絶対!」

「そんなことないよー。この駄菓子屋は正常だよー。式見君の脳と正反対なくらい正常だよー」

 ……まだそのネタを引っ張りますか。

「そういうわけだから、早速買っていこうー」

「え? そういうわけって、どういうわけ? なんで、『僕がレモン飴買うこと決定!』みたいなことになってるの? もしかしてアヤって、レモン飴業界の回し者? それとも駄菓子屋の回し者?」

 抵抗もむなしく、僕はアヤにレモン飴があるところまで連れていかれてしまった。……いや、まあ、別に抵抗なんてしなかったけどさ。とりあえずアヤを攻略する際には、レモン飴がキーアイテムになるな。うん。きっと瀕死の彼女にレモン飴を食べさせて奇跡が起きる、なんて展開になるに違いない。


「多っ!」

 そこはまさに『レモン飴売り場』だった。色とりどりの飴が売っているのではなく、黄色一色のレモン飴売り場。……まあ、さすがに一種類しかないわけではなく、丸いのとか、棒つきのとか、色々なタイプの飴があるにはあるのだけれど、それらはすべて『レモン飴』であり、そして、確かにそれらを『レモン飴』というだけのカテゴリで集めてみると、軽く100個はあった。もちろん数えてなんてないけど、ざっと見ただけでも『ああ、これは100個以上あるな』と思った、とでもいうか……。

 しかしこうなると、アヤは各菓子業界メーカーの回し者ではまったくないな。更に、スーパーなどであろうと気にせずにレモン飴のみを薦めてくるであろうことから、この駄菓子屋の回し者でもない。――うん。彼女は間違いなく『レモン飴』の回し者だ。レモン飴に仕える者だ。なんか将来、レモン飴教を設立してもちっともおかしくない。

 しかもその屈託のない笑顔で人の心を癒す彼女のこと。レモン飴教の教祖になろうものなら、彼女と同じものを信仰したいという信者が山ほど現れそうだ。……うん。いまあっさりとイメージできた。「あははー」とレモン飴教の教祖をやっているアヤと、その彼女を「ありがたやー」と拝んでいる万単位の信者たち。ご神体はアヤの笑顔の彫られた丸いレモン飴(包みつき)で決まりだな。僕の羽毛布団教とことを構える日もそう遠くはないだろう。

 まあ、それはそれとして――、

「さて、なににするかな」

 僕はレモン飴売り場をスルーして、隣にあったチョコ売り場に移動した。将来、誰かの創る羽毛布団教に入る予定の僕としては、ここでレモン飴を買うわけにはいかない。そんなことしたら、未来の羽毛布団教信者に合わせる顔がなくなってしまう。

 それにしてもここ、チョコ売り場もすごいな……。チョコは種類が多いせいか、一種類に関してはたいして数ないが、チョコというカテゴリで集めてみると、やっぱりかなりの量にのぼる。……うん。やっぱりこの駄菓子屋、入荷する量を明らかに間違えてるな。

 アヤは意外なことに僕に文句を言うこともなく、一緒にチョコを物色し始めた。どうやら彼女はもう充分レモン飴を買ったから、それでもう満足らしい。自分の好きなものを人に押しつけようとしない辺りは、さすがアヤだなと少し感心する。

「――やっぱり、こうやって選んでるときが一番楽しいよな」

「そうだねー。ひとりで選んでるときよりもずっと楽しいよね」

 それに関しては僕も同感。さっきひとりで物色していたときよりも、心が浮き立っている僕が確かにいたから。


 僕たちが物色を終える頃、ひとりの客の腕が前を横切った。なんとなくムッとして、そちらを見る。10代後半の――僕よりもちょっと上といった感じの青年だった。彼は無表情のまま、無造作にいくつかレモン飴を掴みとり、そしてポケットに素早く入れる。

「――あ……」

 その行為に――万引きという行為に、つい声を洩らす僕。青年はそんな僕をギロリと睨みつけ、足早に店の出口へと――

「レモン飴、美味しいですよねー」

 その青年にアヤが笑顔で声をかけたのは、その瞬間だった。いかにもうざったそうに、でも声をかけたのがアヤだったからか、こちらを振り向く青年。アヤはそのとびっきりの笑顔を青年に向けて、続ける。

「せっかくなんですから、もっと『買っていって』くださいよー。売り上げが落ちると、このレモン飴売り場がなくなっちゃうかもしれないんですよー?」

 『買っていって』に少し力を込めるアヤ。それにたじろぐ青年。
 笑顔のアヤと気まずそうな表情の青年の間に、なんとも微妙な空気が流れる。
 やがて、青年はこちらにやってきて、乱暴にレモン飴をひと掴み取ると、そのまま今度は出口ではなくレジに向かって歩いていき――お金をちゃんと払い、店から出ていった。

「――ふうー……」

 青年の出ていった出口のほうを見ながら、ひとつ息をつくアヤ。どうやら相当怖かったらしく、軽く額の汗を拭ってもいる。

「……すごいな」

 万引きしようとしているヤツにああいう風に声をかけるだけでも、普通はできないだろう。下手をすると、あの青年がアヤに掴みかかってきたりなんかして、僕が彼と殴り合いのケンカでもしていたかもしれない。そうならなくて本当によかった。痛いのは、僕がもっとも忌避(きひ)することのひとつだから。

 やっと落ち着いたのだろう。僕の独り言に「あははー」とアヤが返してくる。

「そうでもないよー。ああいうこと、けっこうあるから」

 ……けっこうあるんだ。ああ、そういえば彼女は色々と事件に巻き込まれやすいんだった。それこそ、僕なんかよりずっと高い確率と頻度で。それをすっかり忘れてた……。

 僕はもう、あらかた物色は終えていたので、レジのほうへとアヤを促した。アヤは特に駄菓子を手にとっていなかったけど、レモン飴をあれだけたくさん買ってあったのだから、もう充分だろう。――うん。そのはずだ。というか、そうであってくれ。

「じゃあそろそろ行こうか。――幻覚アヤ」

「まだ幻覚なんだ! ねえ、式見君。根に持ってる? 根に持ってる!?」

 ガーンとショックを受け、そう訊いてくるアヤ。別に根に持ってなどいなかったけれど、その彼女の反応が面白かったため、僕は彼女に「別に」と返してその日一日は『幻覚アヤ』で通そうと、密かにそう決めるのだった。



――――作者のコメント(自己弁護?)

 どうも、ルーラーです。ものすごーく間が空きましたが、陽慈の短編に続いて、アヤの短編をここにお届けします。何気ない会話を楽しんで頂けたら幸いです。

 これにてようやく『マテリアルゴースト2』までに登場するキャラクターたちの個別エピソードを書き終えました。いやー、長かった。そして遅かった。世間ではもう『マテリアルゴースト0』の情報が出回っているというのに。『マテそば』に『起こった』シリーズ、自分のホームページに載せる小説、と色々やっているからこんなに間が空くのでしょうね。わかってはいるのですよ。

 ともあれ、これで次に書く短編はようやく傘か深螺(しんら)さんのものとなりそうです。まあ、深螺さんは書くのが難しそうですので、おそらく次は傘の話になるでしょう。それもおそらくは蛍と傘の過去エピソード。

 そうそう。傘、深螺さんと書き終えたあとは、耀(あかる)の話になると思います。今回同様、時間軸を完全に無視したものとなるでしょうけど。
 ヘルメスあるいはタナトスのエピソードは――書くかなぁ……。書かないで『マテリアルゴースト5』で登場する新キャラのエピソードを書く可能性のほうが高いです。そしてそのあとはおそらく春沢(はるさわ)さんのエピソード。……まあ、春沢さんのエピソードは書かないで、マテリアルのレギュラーメンバーがわいわいと紡ぐ『お気楽短編』に入る可能性も高いですが。

 もし春沢さんのエピソードを読みたいという方がいらっしゃったら、僕、ルーラーまでご一報ください。場合によっては、傘や深螺さんのエピソードよりも先に書くことになるかもしれませんよ。

 さて、今回のサブタイトルは自由気儘さんが投稿してくださったものです。意味は――まあ、『マテリアルゴースト』を最新刊まで読んでいる方ならわかるかと思いますが、『優しい風が吹いているような日常。――いまは、まだ』といったところです。本編が波乱に満ちているので、こういうのんびりとしたお話を書きたくなったのですよ。『マテそば』の『究極の遊戯(後編)』を先に書くべきだとはわかっているんですけどね。『マテそば』は『マテそば』ででそろそろ波乱の展開になりそうなので、今回はパスさせて頂きました。

 ――それでは、また次の小説で会えることを祈りつつ。


公開:2007/03/11

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