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生垣を隔てて
著者:ルーラー

○『闇を抱く存在(ダークマター)』サイド

 ついにこのときが来た。
 このときを――この瞬間をどれほど待ちわびたことか。
 ようやくだ。
 かつて『聖戦士』らに砕かれた我が力をようやく取り戻すことが出来るのだ。
 人間などの能力(ちから)に頼るなどという考えは、かつての我からしてみれば愚かとしか言いようがなかった。
 だが、いまの状況では――。
 ふと、脳裏に我が消滅寸前にまで追い込まれた時の映像がよみがえった。

 『神族四天王』の力が込められ、霊明(れいめい)、聖竜(せいりゅう)、雷光(らいこう)、妖(あや)かしの名を冠された四種の宝石(ジュエル)を装備している『虚無の魔女』の称号を冠された女魔道士。
 それらの宝石(ジュエル)から蒼、赤、黄、紫の光が飛び出し、混じりあい――

『希望という名の光の中で、永遠の安息を得よ! 『闇を抱く存在(ダークマター)』!!』

 とてつもなく巨大な光の奔流に呑み込まれ、我はバラバラに散り、滅びる寸前までいった。
 よもや、人間如きにそれほどの力があるとは思いもしなかった。
 我を滅ぼしかけたあの『虚無の魔女』とて、『聖戦士』と呼ばれるようになったあの事件のときには――漆黒の王(ブラック・スター)を<最後の審判(ワイズ・カタストロフ)>で倒そうとしたときには、結局果たせず、我の力を必要としたではないか。
 あの女魔道士は『我の望みを叶える』という交換条件を出し、我に魔王を――漆黒の王(ブラック・スター)をどうにかしてほしい、と取引を持ちかけてきたではないか。
 そのような脆弱(ぜいじゃく)な存在に我を消滅寸前にまで追い込む力があるなど、どうして想像できよう。
 待て。たかが脆弱な人間などになぜ我は滅ぼされかけ、このような――『闇を抱く存在(ダークマター)の欠片(かけら)』とでも呼ぶべき姿にさせられた?
 いや、そもそも我の望みとは一体――?
 なにより、我はなぜあのとき『虚無の魔女』に力を貸した?
 ――いや、いまとなってはそんなことはどうでもいい。
 いま我は、すべてを手に入れ、すべてを滅ぼすためだけに存在しているのだから。

 『滅ぼしたい』

 それのみが我の心の奥底から湧き上がってくる唯一の感情なのだから――。


○式見蛍サイド

「行っちゃった、な……」

 なんとなく、そんな言葉が漏れた。
 表情が沈みがちであることは容易に想像がつく。
 充分に覚悟していた結末ではあったけど、それでも――

「さて、と」

 しんみりとした雰囲気を打ち消すように、ニーナがひとつ伸びをした。
 そして別れの名残を惜しむ風もなく続ける。

「じゃあボクも帰るとするね。ケイくん、毎日を死なないように気をつけて過ごすんだよ」

 それだけ言って『刻の扉』に足を向けるニーナ。
 それにしても、コイツは自殺志願者に向かってなにを言っているんだか。
 呆れた心持ちで『刻の扉』をくぐろうとするニーナの背を見るともなしに眺めていると、

「あれ?」

 くぐる直前に『刻の扉』が消失した。思わず、といった感じで声をあげるニーナ。
 しばし立ち止まって沈黙し、やがてこちらを振り向いた。それも苦笑いというか、照れ笑いというか、そんな笑みを浮かべて。

「ええっとぉ……。どうしよう。帰れなくなっちゃった……みたい」
『は?』

 つい間抜けな声を出してしまう僕たち四人。
 いやだって、帰れないって……。

「なんでまた……?」
「魔法力(まほうりょく)をすごく消耗したからだと思うんだけど」
「魔法力? 魔力じゃなくて?」
「うん、魔法力。放っておけば回復するけど、回復するまで時間が結構かかるんだ。ちなみに魔力っていうのは、高ければ高いほど強力な魔術が使えたり、魔術の威力があがったりするだけで、魔法力が尽きてたらどれだけ魔力が高くても火の玉ひとつ出せないんだよ」

 なるほど。なんとなく分かった。つまり魔力というのはRPGでいうところの『知力』や『かしこさ』のようなもので、魔法力というのは『マジック・ポイント』や『メンタル・ポイント』のようなものなのだろう。

「ふむ。つまり魔法力が回復するまでは『刻の扉』を作れない。だから帰れないと、そういうことか? 魔女っ娘」

 先輩、魔女っ娘って……。
 しかしニーナは気にした風もなく、こっくりとうなずいた。

「そういうこと。はぁ、参ったなぁ……」
「でも魔法力ってそんなすぐに底をつくものなのか? 界王(ワイズマン)の魔法力ってそんなに少ないのか? それに魔法力を回復するアイテムってないのか?」

 僕の矢継ぎ早の質問にニーナは次々答えていく。

「本来、魔法力はそうそう使い切ることはないよ。界王(ワイズマン)であるボクならなおさら、ね。ただこの世界って、大気に満ちる魔力の濃度があまりにも薄いんだよねぇ。だから空気中から魔力を取り出して魔術の補助に充(あ)てるってことが出来ないんだ。そのぶん、術を使うにはボクたちが住んでいた世界以上の魔力が必要になるし、魔法力も多く使うことになるんだよ。そんな状況下で『刻の扉』なんて作ったもんだから、一気に魔法力を消費しちゃったってわけ。まあ、キミの能力効果範囲内で空間を渡ったのも、かなり消耗はしたんだけど」
「空間を渡った……?」
「あー……つまり姿を消したってこと。ほら、昨日キミの家でご飯をご馳走になったあと、消えてみせたでしょ? あれのことだよ」
「ああ。そういやそんなことあったな。昨日今日と一日の密度高かったからすっかり忘れてた。けどそれくらい、なんてことないんじゃないのか? 界王(ワイズマン)ならさ」

 そう言う僕にニーナは少々呆れの込もった視線を向けてきた。

「キミねぇ……。界王(ワイズマン)ならなんでも出来る、とか思ってない?」
「思ってる」
「即答!? 少しは考えようよ。――まあ、確かにかつてのボクにならどうってことなかったと思うよ。でも漆黒の王(ブラック・スター)を倒した一件で弱体化したいまのボクには……いや、やっぱりどうってことないんだろうけどさ」
「どっちだよ」

 思わずツッコミを入れる僕。するとニーナは嘆息してから、

「要するにキミの能力効果範囲内で消えてみせたのが問題だったんだよ。ほら、キミの能力ってどういうもの?」
「なにを今更……。霊体を物質化する能力だろ?」
「そう。で、ボクや神族、魔族っていうのは、一種の精神生命体――霊体に近い存在なんだよ。肉体なんて持ってなくて、ただ自分の魔力でこの世界に具現・実体化してるの。そんなボクがキミの物質化効果範囲に入ると、魔力を使わなくても幽霊同様に実体を持つことになるんだよ。そんでもって、姿を消すっていうのは、具現化した自分の姿を消す行為のこと。ちなみに空間を渡るのはそれの応用で、神族だったら本来その身をおいている神界に、魔族だったら魔界に自分の魔力をすべて戻して、その直後に別の場所に自分の姿を具現・実体化させるわけなんだけど。まあ、どちらにしろキミの能力効果範囲に入ると否応なしに身体が実体化するわけだから、その状態だと姿を消したり、空間を渡るのは不可能になるんだよ。まあ、ボクほどの魔力を持っていれば不可能ではないけど、でもやっぱり魔法力をかなり消耗することになるんだ。だからキミの能力効果範囲内で姿を消すなり、空間を渡るなりするのはそれなりにどうってことあるってこと」

 理解できたような出来ないような微妙なところだったが、まあ要するに、僕の能力効果範囲内で姿を消したり、空間を渡るのはかなりシンドいということなのだろう。だったらやらなきゃいいのに。

「それと魔法力を回復するアイテムは……あるっていえばあるんだけど、この世界にはないだろうね。蒼き惑星(ラズライト)にならあるけど、戻ること自体が出来ないし、回復アイテムだけをこっちの世界に召喚するにしても、やっぱり魔法力をかなり消費するだろうから無理だろうし……」

 つまり手詰まりということか。……ん? 待てよ。

「神族は神界、魔族は魔界にってことは、界王(ワイズマン)はどこに身をおいてるんだ?」
「ああ、ボク? ボクは蒼き惑星(ラズライト)そのものに、だよ」
「は?」
「大気とか山とか、蒼き惑星(ラズライト)に存在している意志のない自然の物質。それそのものがボクなんだよ。言うまでもないと思うけど、この姿は人間と話すために創り出した仮初めのものなんだ。――もっともいまは蒼き惑星(ラズライト)に戻れないから、空間を渡ったりするときはこの世界の大気に溶け込んだりしてるわけなんだけど」
「そうなのか。――あ、それといま思ったんだけどさ。自分の魔力でその姿を創ってるってことは、いまこの瞬間も魔法力は使ってるのか?」
「うん。そうだよ。まあ、使う魔法力は微々(びび)たるものだけどね」
「微々たるものでも魔法力は使ってるんだろ? ならその姿は消したほうがいいんじゃ」
「平気平気。使う量より回復してる量のほうが多いから。――それで、これからどうするかだけど」

 そこでニーナは額に汗を浮かべて、

「――まあ、世界の歪みを直す方法も分かってないしね。そっちの究明に尽力するよ」
「お前、確か昨日の晩は現段階じゃどうしようもないとか言ってなかったか? 聖蒼の王(ラズライト)の力を継いだにヤツに任せるって言ってなかったか?」
「うん、言ったね……。あ、でもほら、ミーティアさんにばかり頼るのも悪いかなーとか思ってみたりもする今日この頃……」
「いろいろと言い訳してるけど、帰れないから仕方なくやるってことなんだろ」
「う〜んと、平たく言うとそうなるかな……」
「認めるなよ、自分で」
「認める以外にどういう選択肢があったっていうのさ」
「そりゃ、しらばっくれるとか、話を逸らすとか」
「あ、その手があったね」

 ポンと手を打つニーナ。界王(ワイズマン)って一体……。
 と、そのときだった。
 ニーナが唐突に視線を鋭いものに変え、僕の後ろを凝視する。
 誰がいるのかと振り返ってみたが、彼女が見ているのは僕たち四人の誰でもなく、ただ、なにも存在しない虚空だった。
 そして、ポツリと呟く。

「どうやら、お客さんが来たようだね」

 刹那――。
 ニーナが目をやっている虚空に揺らぎが生じた。
 霧のような黒いものが徐々に輪郭を人のものへと整えていき。
 やがて完全な人型となった『それ』は、一対の紅い瞳を見開いた。
 それと同時、すさまじいほどの敵意と霊力(と定義していいのかどうかは疑問だが、それっぽいもの)が僕の全身に叩きつけられる。
 物理的な圧迫感さえ感じるほどの『悪意』。
 本能的に理解する。コイツは敵だ、と。
 この黒い――いや、闇色の身体を持つ存在は僕に害意を持っている、と。
 そう。その闇の塊は、ただただ禍々しい存在だった。
 ニーナがそれに声をかける。

「久しぶりだね。――いや、かつてキミと戦ったときに会ったのはニーネのほうだったから、初めましてのほうが正しいかな。『闇を抱く存在(ダークマター)』」

 『闇を抱く存在(ダークマター)』というあまりに禍々しい名に、僕たち四人はわずかに身体を震わせた。


○マルツ・デラードサイド

 僕の住んでいた町、カノン・シティに僕、師匠、ファルカスさん、ニーネさんの四人が着いたとき。
 町は今まさにモンスターの襲撃を受けようとしていた。
 数は――ざっと数えてみたところ、ロング・ソードを手にした二足歩行をする赤いトカゲ型のモンスター『リザードマン』と、コウモリを大きくしたようなモンスター『バットン』が十数匹ずつといったところ。
 それらを視界に収めてファルカスさんが舌打ちした。

「多いな。町に入れずに追い払うには少しばかり厄介な数だ」

 僕も同感だった。これをどうにかするにはモンスターを全滅させるしかない。倒さずに追い払うなんて芸当はそうそう出来ないだろう。
 ファルカスさんはモンスターを全滅させることに躊躇はない。ニーネさんも、おそらくは。けど、僕や師匠はそういう戦闘が苦手だったりする。
 可能な限り、命を奪わずに追い払うか、気絶させるだけにしようと考えてしまう。
 甘い、と笑われても文句は言えない。
 相手がモンスターであろうと決して殺しはしないという師匠の戦闘スタイルは、僕だって甘いと思っていたし、殺らなきゃ殺られると師匠に言ったこともある。
 そのときに師匠の瞳に浮かんだ悲しみの色を僕は今も忘れられない。諭(さと)すように言った言葉も。
『モンスターも生命(いのち)あるものなんだよ。滅びを望む魔族とは違って、生きるために人間を襲い、傷つけ、自身も死の恐怖にさらされ、それでもなお在りつづけようとしてるんだよ。いくら敵対していても、在りつづけようとしている存在を殺すなんて私には出来ないよ』
 僕は師匠のその言葉を聞いたときから、相手はモンスターなんだから殺していいんだと、モンスターはイコールで悪なのだと、そう単純には考えられなくなった。師匠のことを甘いとは思えなくなった。
 ファルカスさんだって師匠に影響を受けたのだろう。モンスターを殺すことに躊躇はなくても、できる限り避けてはいる。
 そうでなければ、追い払うのが厄介だ、なんてセリフはでてこないだろう。
 もっとも、今回ばかりは師匠を除く全員が殺すのもやむをえないと考えてるようだけど。
 だって、やっぱり最優先するべきは町を襲ってきたモンスターたちではなく、町の人間たちの命だろうから。
 それはそれとして、おかしいことがひとつあった。

「師匠、顔ぶれが少々奇妙ですね。リザードマンとバットンはナワバリ争いをする仲なのに。奴らが手を組んで襲ってくるのは、人間のほうから戦いを仕掛けたときくらいのものでしょう?」
「普通はそうだね。でも少し前から別種のモンスターが手を組んで人間を襲うことが多くなったんだよ。何日か前にも、ここに同じくらいの規模の集団が攻めてきたんだけどね、そのときも数種のモンスターがそこそこ連携をとって戦ってたし」

 それは『モンスター凶暴化現象』のせいだろうか。

「おしゃべりはそれくらいにしとけ。ザコモンスターだからってなめてると、痛い目見ることになるぞ」

 腰の水晶剣(クリスタル・ソード)を抜いて、迎撃の姿勢を見せるファルカスさん。
 僕たち三人も呪文を唱えつつ半身に構える。
 戦いの火蓋を切ったのは、リザードマン数匹の剣での攻撃だった。
 しかし、ファルカスさんは慌てることなく、あるいは剣で受け流し、あるいは素早くその身をかわす。
 僕たちのほうもバットンの口から飛びくる光球の雨をかいくぐりつつ、モンスターたちから距離をとった。
 一番距離をとったのは師匠である。師匠の職業は僧侶。回復・援護の術を得意としている彼女は、もっとも広範囲の戦況を見渡せる場所にいなければならない。
 ファルカスさんのほうに目をやる。
 彼は呪文の詠唱を始めつつ一匹のリザードマンに斬りかかったところだった。

「ギャウッ!?」

 リザードマンの苦鳴が辺りに響き渡る。
 しかし、まるでそれを合図にしたかのようにリザードマンたちはファルカスさんに向けて大きく口を開き、炎の吐息(ファイア・ブレス)を吐き出した!
 ――マズいっ! 僕やニーネさんはバットンたちの相手で精一杯だし、師匠はというと、僕とニーネさんの援護に徹するつもりなのか呪文の詠唱を終えたまま離れたところで戦況を見守っているだけ!
 けれどファルカスさんはまったく焦った様子を見せずに呪文の詠唱を続けている。
 そして――

「風包結界術(ウィンディ・シールド)っ!」

 風に乗って届くは師匠の声。
 それと同時に風の結界がファルカスさんの身を包む。
 ブレスは風の結界に進路を阻まれ、ファルカスさんの身を焼くことなくあらぬ方向へと流れていった。
 そして結界が消えるとともに剣を振るって二匹目を地に這わせるファルカスさん。
 さらに、

「黒妖崩滅波(ブラム・ストラッシュ)!」

 左の掌から黒い波動をこちらに向けて放ち、バットン一匹も倒してみせる。
 ――ちなみに、魔術には大別して三種類がある。
 地、水、火、風の精霊の力を借りた、物質を介してこの世界に精霊力を具現化させる精霊魔術。
 人間の精神力を呪文によって引き出し、攻撃力や回復力に転化する精神魔術。
 そして、神族や魔族といった超常存在の力を借りて行使する超魔術。
 と、簡単にまとめてはみたものの、精神魔術と超魔術にはそれぞれ二種類が存在したりする。
 精神魔術の中でも単純な破壊エネルギーを生み出す術は黒魔術、破邪や回復、精神力を削ぐなどの効果を持つ術は白魔術。まあ、もちろん例外はあるけれど。
 じゃあ超魔術のほうはというと、区別はかなりしやすく、神族の力を借りた術は『神界術(しんかいじゅつ)』、魔族の力を借りた術は『魔界術(まかいじゅつ)』と呼ばれている。
 ちなみにファルカスさんの使った<黒妖崩滅波(ブラム・ストラッシュ)>は黒魔術。
 そして、いま僕が唱えているのは霊王(ソウル・マスター)の力を借りた神界術。
 さて、と――。
 僕は比較的近くを飛ぶバットンに右の掌を突き出した。
 そして、完成した呪文を解き放つ!

「呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)っ!」

 腕の太さくらいはある白い波動が迫りゆく!
 もちろん威力は地球で使ったそれの比ではないだろう。
 しかしそれはあっさりとかわされた。
 いや、違う。僕の狙いが甘かっただけだ。かわされたわけではない。
 でも正直、そんなことはどっちでもいいような気がする。一気にピンチになったことには変わらない。
 バットンは口を開き、僕に光球を撃ちだそうと――

「火炎操波弾(ファイアー・ウェイブ)っ!」

 横手から飛びきた炎の帯が、僕に狙いをつけていたバットンを焼き尽くす!
 放ったのは――ニーネさん!
 僕はそれを視界の端に認めると、彼女に軽く、けれど感謝を込めて目礼し、モンスターたちから距離をとる。もちろん、頭をフルスピードで回転させ、この状況で有効な術を選び、即座にその呪文の詠唱に入りつつ。
 ファルカスさんはリザードマンをさらに数匹倒すと、大きく後ろにあと退った。
 もちろんファルカスさんにはりザードマンたちの追撃がかかる。けれど僕は既に呪文を唱え終えていた。それをファルカスさんの援護に放つ!

「衝裂操弾(ダーク・ウェイブ)!」

 掌に魔力が収束する。それは黒い帯状のものとなり、僕の意志の通りにリザードマンの群れへと向かった。
 この<衝裂操弾(ダーク・ウェイブ)>は黒魔術の一種で、威力は<黒妖崩滅波(ブラム・ストラッシュ)>と変わらない。違うのは形状と、放ったあとも自分の意志で軌道をコントロールできるところだ。
 だからこの術ならまず外すことはない――はずだった。

「うおっ!?」

 危うくファルカスさんに当たりそうになる僕の術。
 のけぞってかわしてくれたからよかったけれど、当たっていたら今頃どうなっていたことか……。人間なんてあっさり殺せる威力を持ってるし、あの術。
 黒い帯は僕のコントロールを離れ、夕闇の中へと飛び去っていった。

『精神裂槍(ホーリー・ランス)っ!』

 師匠とニーネさんが同時に破邪の力を――正確に言うなら『精神力を削ぎ落とす』力を持った槍を放つ。それはまったく危なげなく二匹のリザードマンに直撃し、気絶させた。
 ……おかしい。どうして今日の僕はこうもヘマばかりやらかすんだ?
 心のどこかになにかが引っかかって、全力を出し切れない感じだ。けど、なにが――?
 いや、なにが引っかかっているのかなんて、考えるまでもないか。
 蛍たちのことだ。この世界に帰ってくるときに感じた、あの敵意のことだ。
 あれは、純然たる破壊の意志。まるで、魔族の持つそれのようだった。
 ――やがて、モンスターの数が十匹をきった。
 普通に戦っていればまだまだ時間はかかっただろう。
 しかし、ここにきてファルカスさんが我慢の限界と言うかのようにわめきだした。

「ああもう! うっとうしい! 街道ちょっぴり潰れるだろうけど、大技で片付けるぞ!」
「ちょっとファル、いくらなんでも街道潰しちゃマズいんじゃ……」

 ファルカスさんは師匠の言葉を無視して、精神を集中するため小さく息を吐き出した。それを見て師匠も小さく嘆息。言ってもムダだと思ったらしい。
 ちなみに『ファル』というのは師匠がファルカスさんのことを呼ぶときの愛称である。
 それはともかく、ファルカスさんが詠唱を始めた。始めてしまった。

「黒の精神(こころ)を持ちしもの
 破壊の力を持ちしもの
 我らが世界の理(ことわり)に従い
 我に破壊の力を与えん
 その力 神々すらも滅ぼさん
 闇に埋もれしその力を
 我が借り受け 滅びをもたらさん!」

 呪文詠唱のときに用いる言語――『魔法の言語(マジック・ワーズ)』で綴られた言葉の列は、世界を支配する因と果を律し、術者の魔力と魔法力、そして精神力を媒介に、『魔法の名』を口にすることによってその力を解放する。
 ……って、これは漆黒の王(ブラック・スター)ダーク・リッパーの力を借りた無差別破壊呪文!
 そう悟った僕たちは、急いでファルカスさんやモンスターたちから距離をとった。
 そしてファルカスさんは呪力(じゅりょく)を解き放つ!

「黒魔波動撃(ダーク・ブラスター)っ!」

 ファルカスさんの前に突き出した両の掌から黒い波動が放たれた。それは一匹のリザードマンを直撃し、その刹那、その着弾点を中心にすべてを呑み込む大爆発を起こす!
 モンスターたちは一匹残らずそれに巻き込まれた。
 整備されていた街道も、見るに無残なことになっている。
 相変わらずハデな術だなぁ……。
 呆然とそんなことを考えながら師匠のほうを見てみると、額に手をあてて空を仰いでいた。苦労してるんだろうなぁ、師匠も……。
 ともあれこれでモンスターは倒せた。かなり問題のある倒しかたではあっただろうけど。

「おい、マルツ」

 呼ばれて振り返ってみると、ファルカスさんが険しい表情をしていた。間違えてのこととはいえ殺傷能力バツグンの術を当ててしまうところだったんだから、そういう表情をするのも無理はないだろう。
 そう思って素直に頭を下げる。

「あ、さっきはすみませんでした」

 しかし不機嫌そうな表情は変わらない。ああ、こりゃどつかれるかな……。
 ファルカスさんは僕が頭を下げたことなんかどうでもいいといった感じで話し始める。どこか呆れたような口調で。

「一体どうしたんだ、お前。ニーネの言うところの『別の世界』でなんかあったのか? 他の術ならともかく、<衝裂操弾(ダーク・ウェイブ)>を外すなんて普通はありえないだろ。なのに外したってことは、意図的にやったのか、あるいは集中力を欠いていたかのどっちかだ。いや、他の術だってそうだ。お前くらいの魔道士なら外すことなんてそうそうない。少なくとも、単調な動きしかしないモンスターを相手に外すことなんてまずない」

 まったく、ファルカスさんの言うとおりだ。
 僕はまさに集中力を欠いていた。
 どうも引っかかっているのだ。
 この世界に帰ってくる直前に感じた、あの敵意のことが。

「今のお前はなんか別のことを考えながら戦っている節がある。そんな戦いかたはするな。そんな感じで戦ってたら、あっさり命を落とすことになるぞ」

 命を落とすことになる――。
 その言葉は僕の心にグッサリと突き刺さった。

「いえいえ。そうでなくともすぐ命を落とすことになりますよ。なぜなら――」

 風に乗って何者かの声が流れる。
 ――誰だ……?
 そう思った刹那、僕たちの目の前に『それ』は現れた。
 唐突に。なんの前触れもなく。
 黒いフードを目深にかぶった魔道士姿の『それ』が姿を現した。
 その顔を見て最初に受けた印象は――黒いのっぺらぼう、だろうか。目も、鼻も、口も、その顔には存在しなかった。
 当然、こんなのが人間のはずはない。こいつは、魔族だ――。

「なぜならこの私、フィーアの下僕(げぼく)たちを全滅させていただいたのですから」
「バカ言ってんな! 人間の姿をとれてないってことはどうせ下級の魔族だろう? その程度のヤツがオレたちに勝てると本気で思ってるのか?」

 そう言いつつもファルカスさんは油断なく剣を構える。
 どういうわけか、魔族は自分の持つ力が大きければ大きいほど人間に近い姿をとろうとする。だから顔すら持たないコイツはおそらく下級の魔族だろう。
 師匠たち『聖戦士』は魔族の天敵のようなものだし、このフィーアだっていま目の前にいる師匠とファルカスさんが『聖戦士』であることは気づいているはずだ。もちろん、自分じゃ勝てないことにも。
 なのに、なんで――?

「確かに正攻法でいくなら勝てないでしょうね。なにしろ相手は『悪魔殺し(デモンズ・キラー)』ファルカス・ラック・アトールと『地上の女神』サーラ・クリスメントですから」
「いやいや、正攻法じゃ――魔力のぶつけ合いじゃ絶対に敵わないのはオレたちのほうさ。人間の持つ魔力なんて、魔族からしてみれば本当にちっぽけなものだろうからな。だが裏をかいてお前を倒すのは決して困難なことじゃない」
「その通り。そしてそれは私にも言えることです。すなわち、裏をかいてこようとするあなたたちの更に裏をかかなければ私に勝利はない。例えば――こんな風にね!」

 言うと同時、フィーアは手にした黒い杖を横薙ぎに払い、黒い光球をいくつか撃ちだした。――僕に向かって!

「うわっ!?」

 思わず目を硬く閉じる僕。

「ちぃっ!」

 ファルカスさんの声。そして連続する爆発音。

「ファル!」

 師匠の悲痛な声が耳に届く。
 僕はおそるおそる目を開けた。
 するとそこには地に倒れ伏したファルカスさんの姿。手にしていた水晶剣(クリスタル・ソード)は彼から離れた所に転がっている。
 ――僕をかばったからだ……。
 僕はそれを理解し、自分の無力さを痛感した。
 実は僕はほとんど魔族と戦ったことがない。普通、そうそう出くわすものじゃないのだ。魔族というのは。
 だから、僕はガチガチに固まっていた。呪文を唱えることも出来なかった。もちろん唱えられたとしても、術を命中させる自信はないけれど。

「弱い者を狙えばなぜかそれをかばうように動く。人間というのは不可解な生き物ですねぇ……。まあ、私には好都合――」
「精神滅裂波(ホーリー・ブラスト)っ!」

 師匠がせせら笑うフィーアに向けて<精神裂槍(ホーリー・ランス)>の強化版である蒼白い光の波動を放つ!
 しかし直撃すると思ったその瞬間、フィーアの姿はかき消え、光の波動は虚空のみを裂いていった。
 ――空間を渡ったか!
 そう悟ったときにはフィーアの姿はさきほどのやや後方にあった。
 それにしても惜しい。
 ローブに――いや、杖にでもよかった。当たってさえいれば、多少なりともダメージはあったはずだ。フィーアのあの姿はヤツの魔力で創られたものなのだから。服だろうとなんだろうと身体の一部ということになるのだから。
 そうだ。ファルカスさんの落としたあの剣、僕が拾って使ってみるか?
 ファルカスさんがあの剣で戦おうとしていた以上、あれがただの剣とは思えない。おそらく、魔力が付与されている武器――『魔道武器(スペリオル)』だろう。
 本来、精神生命体である魔族には物理的な攻撃は効かない。物質を介する精霊魔術も同様だ。効くのは精神に直接ダメージを与える精神魔術か、神族・魔族の力を借りた超魔術。そして使い手の精神力を直接叩き込める『魔道武器(スペリオル)』ぐらいのものだろう。
 けど僕があの剣をぶん回してどうにかなる相手か? 空間を渡ってかわされるだけじゃないのか? いや、そもそも、だ。水晶剣(クリスタル・ソード)を拾いに行く時間をヤツがくれるか?
 ちなみにニーネさんはというと、さっきからまったくフィーアを攻撃しようとはしない。
 理由は分かる。ニーネさんは――界王(ワイズマン)は神族だけではなく、世界そのものの生みの親である。そんな彼女が魔族と戦うのは、自分の子供や孫と戦うようなものなのだろうし、やっぱりそれはしたくないのだろう。
 とはいえ、神も魔族も超えた存在なんだからなんとでも出来るだろうに、ニーネさん。なんでなにもやってくれないかなぁ。
 ああもう、とにかくあの空間を渡る能力が厄介なんだよな。あれがなければ簡単にダメージを与えられるのに。
 実を言うと、師匠の呪文のストックには空間を渡る相手にも通用する術がある。
 ファルカスさんのほうも、武器を失ったからといって絶望することはない。切り札とでも言うべき術なのだけれど、漆黒の王(ブラック・スター)の創った『魔王の翼(デビル・ウイング)』と総称される四体の魔王――その一翼である火竜王(フレア・ドラゴン)サラマンの力を借りて刃と成す魔界術が使えたりする。
 けど、気楽に使えるものでもない。どちらも魔法力の消耗が激しいのだ。フィーアを一撃で確実に倒せるのなら問題はない。けどもし、倒せなかった場合は……。
 そもそも、師匠はすでにだいぶ魔法力を消費している。果たして術を放てるだけの魔法力が残っているかどうか。
 ファルカスさんだって、剣を創っても振る体力が残っているだろうか。
 賭けに出るにはあまりにも不安要素たっぷりの僕たちに、フィーアが声をかけてくる。余裕の響きを隠そうともせずに。

「さて、そろそろ終わりにしましょうか。いい加減諦めようという気にもなったでしょう?」

 うーん……、同じ殺られるなら賭けに出てみるほうがいいよな。でもそれを決めるのは僕じゃなくて師匠たちだしなぁ……。
 僕はなんとか身を起こしたファルカスさんと、僕の隣に静かにたたずんでいる師匠に交互に視線をやる。
 するとなんと師匠は、まるで諦めたかのように、うつむいて目を閉じてしまったのだった――。



――――作者のコメント(ユウと鈴音の座談会)

ユ「どうもー、ユウでーす。作者が『予定していたところまで出来なかった』って落ち込んでて、コメントをいっこうに書く気配がないので、私と鈴音さんがかわりにやっちゃいまーす」
鈴「ユウさん、さすがにこれはマズいんじゃ……」
ユ「いいのいいの。今回は出番がまったくなかったんだから。鈴音さんだってそうでしょ?」
鈴「まあ、そうだけど……」
ユ「それにしても今回はシリアスだねぇ。オリジナルキャラしか活躍してない感あるよねぇ」
鈴「あ、なぜかこんなところにプロットが書かれた紙がある。えっと、これによると、当初の予定では私たちの出番、もっとあったみたいだよ?」
ユ「まさか戦闘シーンがこんなに長くなるなんてってぼやいてたもんねぇ、作者。書いては消し書いては消しを繰り返してなんとかプロットどおり進めようとしたけど失敗して、それで落ち込んでるんだもんねぇ。次回のサブタイトルはどうしようって頭抱えてるし」
鈴「そうなの? というか、なんでそんなこと知ってるの? ユウさん」
ユ「ちょっと作者の家に行って見てきた。作者には私が見えなかったっぽいけど」
鈴「……そうなんだ。――あ、そうだ。ここまで読んでくれた方に感謝の言葉を。今回はバトルと説明のシーンばかりで、マテリアルのキャラが少なかったですけど、楽しんで頂けたでしょうか? もしそうならさいわ――」
ユ「多分この座談会のほうが面白いよ(キッパリ)」
鈴「ユウさん、それを言っちゃ……」
ユ「作者も分かってるとは思うけど、これは『マテリアルゴースト』の二次創作小説なんだから、私たちが他愛ない話をしてるほうが面白いんだよ」
鈴「弁護のしようがない……。作者さん、今回こそ自己弁護をするべきだったんじゃあ……?」
ユ「大体さぁ、作者は設定を細かく作りすぎだと思うんだよね。一話にまとまらない量の話を無駄に緻密にやろうとしてるんだよね。それがプロットどおりに進まない最大の原因なんだよね」
鈴「そこまで言わなくてもいいんじゃ……」
ユ「だってさぁ、鈴音さん。作者って無駄にたくさんの魔法の設定を作ってあるんだよ。絶対使わないって分かってるものまで含めて全部で101種類!」
鈴「多っ! いくらなんでも多すぎるよ……(嘆息)」
ユ「そのくせちゃんと詠唱文考えてあるのはたったの十二種類ほど」
鈴「それは少なすぎるね。でも詠唱文ってけっこう行数使うから、全種類の魔法に詠唱文が用意されてたらそれはそれで大変かも」
ユ「魔法の設定を出すの、作者はすごく楽しかったらしいけどね」
鈴「でも固有名詞が増えすぎるのは問題よね。さて、それでは今回の出典を作者にかわって紹介させて頂きます。今回の出典は『スパイラル・アライヴ』(スクウェア・エニックス刊)の第六話からだそうです。コインの表と裏のようなものである地球と『蒼き惑星(ラズライト)』、二つの世界にある壁を生垣に見立てたわけですね。私たちもマルツさんも登場するけれど、お互いの物語が交わらないといった感じでしょうか」
ユ「鈴音さん、今回私たちは出てないんだよ?」
鈴「えーと……蛍たちと一緒には居るわけだから、行間を読んでもらえれば――」
ユ「小説ではしゃべらないことと存在しないことはイコールなんだよ! きっと」
鈴「そうかな……。そう言われるとそんな気も……」
ユ「あ、そうそう。話変わるけど鈴音さん、作者さんの『蒼き惑星(ラズライト)』のイメージってまんま『スレイヤーズ』の世界観なんだよ。魔法もそうだし、魔族のこともそうだし。戦闘シーンもそこはかとなく似てるし」
鈴「そうなんだ。でもこれって、何気に『スレイヤーズ』の宣伝になってない?」
ユ「気にしない気にしない。いつも『スパイラル』の宣伝をしてるようなもんなんだから。まあ、意外と作者にその意図はないようなんだけど。ただいいサブタイトルが多いのが『スパイラル』なんだってさ」
鈴「へえ。――まあ、それはそれとして。この私をメインにした『神無鈴音編』のスタートはこれで少し遅れたのね(安堵の息を洩らす)」
ユ「あれ? ホッとしてる? 残念じゃないの?」
鈴「メインになるってことは、大変な目に合うってことと同義だから。マルツさんのサイドを見れば分かるでしょ?」
ユ「あー、まあねぇ。大変そうだよねぇ」
鈴「さて、結構長話しちゃったね。――さて、それではまた次のマテリアル二次創作小説でお会いできることを祈って。(ぺこり)――さ、行こう、ユウさん」
ユ「駄目だよ! せめてこれを本編より長くなるように続けないと!」
鈴「メインは本編なんだから、それは駄目だよ。……って言ってもユウさん言い出したら聞かないだろうし……う〜ん、じゃあ先帰ってるからね」
ユ「あっ! 待ってよ、鈴音さ〜ん!」

 ユウ&鈴音、退場


 さて、いつまでも落ち込んでないでコメント書こう。
 ええと、『――――作者のコメント(自己弁護?)』っと。
 ……あれ? なんかすごい埋まってる……。
 もしや、心霊現象!?
 いや、ユウは幽霊だからあながち間違ってはいないだろうし。
 ……よし、これでいいか。確かに今回この二人はまったく出番なかったし。
 あ、そうだ。次回からはユウや鈴音以外のキャラも呼んで、僕もそこに混ざろう。
 ああ、なんだか本編よりも(書くのが)楽しそうだなぁ。

 というわけで、次回の作者のコメント(座談会)をお楽しみに。きっと僕の書くマテリアル二次の本編よりも面白いですよ。
 そして長くなるに違いありません。
 裏事情もどんどん暴露!
 それでは、次のマテリアル二次でお会いできることを祈りつつ。
 ……って、これ、鈴音が言ってくれてたんだ……。しかも僕よりも丁寧に……。


公開:2006/08/03

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